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茶道教室の生徒さんが、何気なく話してくれたエピソードをご紹介します。

1年前に地方都市に単身赴任された旦那様が、最初に東京のご自宅に戻られたとき、家の中のスイッチの場所のいくつかを忘れていたのだそうです。


「新しい環境で、人間関係や社内環境、住環境も変わって、新しいことに早く対応するためには、一度不要なものを脳内で忘れて(奥にしまって)、脳内や意識のスペースが必要だったのだと思います。


そのあとの方が、長く自宅を離れているのに、そのあとは、そういうことがなかったんですよ。」


とのこと。


とても興味深いお話だと感じました。

 

お茶のお点前に集中するということにも、そういう効果があります。


新しいこと、別のジャンルのことに集中するので、一時、日常の大事なことや仕事のこと、人間関係のことなどを、一時忘れることができるのですね。

 



私にも最近、似た経験、苦い失敗がありました。


新しいお稽古場で、隔月のペースでお稽古を始めているのですが、25年以上通い続けたお稽古場以外でのお稽古は初めてで、通われている方々もみなさんお茶の先生で大先輩でいらっしゃいます。

それはそれは毎回緊張しています。


そんな中で、基礎的な炭点前を担当することになり、自宅でも何度か自主練をして向かいました。


が、やはり、新しい場所や人間関係の中で、その日も自分のすべきことや点前以外のことに脳がいっぱいいっぱいになっていたのだと思います。


いざ、点前が始まったら、頭が真っ白になってしまいました。


20代の初めてのお茶会の時と同じように、手が震えているのもわかりました。


さらに、頭が真っ白になっていることに焦ってしまったので、さらにそこに血が集まり、まったく普段通りに体が動かなくなりました。

 



知っていることと身体が動くことは違います。


仕事でもスポーツでも受験でも、お茶会もそうですが、いつもと同じ場所で本番を迎えることはほとんどありませんよね。


場所が変わり、環境が変わります。


それでも、普段の練習通りに体が動くようにするように、どんな環境でも普段通りに頭と身体が動くような稽古や練習が大切なのだ、という当たり前のことに気づくと同時に、恥ずかしい失敗にもちゃんと意味や学びがあるのだと感じました。




最初のエピソードの生徒さんは、お点前の度に、「今日は〇〇ができなかったな」「今日は、止まらずに最後までできた気がします」と感想を述べられます。


「もう少し肩の力を抜いてもいいのでは?」と思うこともあったのですが、私は茶道を教えることの時間が増えて、お稽古で点前をする時のチャレンジする気持ちや、今日の自分を見つめるような気持ちを忘れかけていたのかもしれません。


もう、点前の流れは手順は知っているけれど、できることとは違います。


ライブで、生で、「今」「ここで」やってみなければわからない。

まさに人生と同じ。

 

違う場所やシチュエーションもイメージしながら広い視野でのお稽古が大事で


お稽古では体験できない「本番」「生」の緊張の場も、人の生活には大事。


みんな、いつでも真剣なんだ!とハッとしました。

 

お茶を教える機会をいただくようになってから、さらに見えた茶道の景色でした。




茶道に触れていると、いつも「自分」が透けて見えてしまいます。


本当は、茶道に限らず、日々の会話、ふるまいなどに「いまの自分」が透けて見えているのでしょう。


でも、日常や習慣に流れて、それを自分で意識したり、目の当りにすることがないのだろうと思います。

 



以前、茶道教室に体験をしてくださったコボリジュンコさんは、体験以来、毎日「点前の稽古」をご自分でしていらっしゃいます。

毎日していると、日によって違うことを感じるそうです。

 

 

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ジュンコさんの毎朝のお茶。


シンデレラのお話の継母が「鏡よ鏡、今の私は?」と常に自分に問い続けるように、私自身の稽古の時間をしっかり持たなければ、ということを生徒さんからも学びました。

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