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アラフォーの妊活・産休・育休・仕事・断捨離。
身軽な生活ができるのか、徒然なるままに…
とやっていたら、アラフィフになりました。

2019年5月22日 朝日新聞 「オトナの保健室 「なし」も夫婦のかたち 女子組」で、「未完成婚」について読んだ。

 

記事の内容はうろ覚えだが、私自身が10代の頃から刷り込まれてきたような、「〇〇でなければ●●しない」という恋愛方程式を否定しようよ!という内容だと理解した。

 

 

痩せていなければ。。。

可愛くなければ。。。。

美人でなければ。。。。。

会話が弾まなければ。。。。。。。。

魅力的でなければ。。。。

自分に手をかけてなければ。。。。。

女性らしい格好をしなければ。。。。。

セックスができなければ。。。。。

 

恋愛市場へ参入資格はない。

結婚相手としての資格を満たさない。

 

という方程式。

 

それから、ここ数か月間、似たり寄ったりの話なのに、何かを得たくて読み続けた「ハーレクイーン コミックス」。

どれも似たり寄ったりで、それなのに、何時間も読んでいて、ハーレクイン漫画に一体私は何を求めているんだ?と自問自答したけれども。。。

 

根底にある共通項は、

恋愛するのに、結婚するのに、何らかの条件を満たすことは、必要でもなく重要でもない、

というところだろうか。

 

そんなハーレクイン漫画をひたすら読んでいた私自身は。

最初の流産後にストレスから激太りして、去年少し体重が減ったけれども、長い停滞期に突入後、今年の年末年始、GWに少しずつ体重が増えていて。

そして、最初の流産以後、ほとんどセックスレスで。

「だから」、女性としての価値に悩んできていたわけで。

 

でも、それは、刷り込まれた価値観であって。

私が健全に獲得した価値観ではなくて。

誰ぞの、偏った、凝り固まった価値観を、何かの拍子に採用してしまっていただけであって。

 

ということに、朝日新聞を読んで、ようやく腑に落ちてきたわけで。

 

以前から、「その価値観は適切か?」という指摘は受けていたんだけれどもね。

 

あと、世界を二項対立でみる癖が、恋愛や結婚においても出ていたんだなというのにも気が付いた。

 

私が採用してきた世界の見方って、二者択一、ALL or NOTHING、白か黒か、善か悪かで測る方法。

グレーがないのだ。

なんでそうなったのかな~?と考えていたのだけれど。

チビ太やチビ姫へのお小言って、あの子たちのオツムでも理解しやすいように二項対立で話していて。

それは、世界の条理とは違うから、子どもが大きくなるにつれ、世界は白から黒に向かうグレーで構成されているんだよと伝えていく親の責任も感じているところではあるんだけれど。

翻って、私がグレーな世界観を持ちえなかった理由を考えると、親とはグレーな世界観で話した経験がないな~と。

母親が小学校教員だったこともあって、母親は常に二項対立でしか話をしなかった(職場にいる小学生の理解に合わせていたんだろうけれど、それを家庭にも持ち込み続けてたんだな)。

 

「〇〇でなければ、●●しない」

これは、「世界は、〇〇以外は否定する」と言っているのに等しい。

 

ファッション雑誌を読んで、化粧品を買ってみた。

そして、ファッション雑誌ほどに何も変わらない自分にがっかりした。

私は否定されてしまった。。。。と自縄自縛してしまった。

自己否定は、私を常に最下層に位置付けていたわけで。

 

私が、常に、私を、否定し、最下層とみなす。

異常事態デスネ。

 

否定される! 最下層なのか! という悲しみ。

否定される! 最下層なのか! という怒り。

否定される! 最下層なのか! という不安。

 

旦那と結婚できたことで、ちょっとは最下層から脱出した気になっていたけど、セックスレスでまた、否定され、最下層へ落ちた気になっていたという。。。。。

それを旦那の裏切りのようにも感じたり。

旦那への裏切りのようにも感じたり。

 

なんだかんだとこじつけては、自己否定して、「最下層」指定し続けているのは、ゴールの状態はご想像どおりの、いわば、自作自演の出来レース。

 

世界はグラデーションだ。

そのグラデーションの大海の1点。

そこに、今、私は、いる。

ただ、それだけ。

それ以上でもなく。

それ以下でもなく。