私が初めて消防監修という仕事を務めたのは、『火災調査官・紅蓮次郎』というドラマでした。
2時間ドラマの帝王という異名を持つ船越英一郎さんが、出火原因を究明する火災調査官役となり、様々な事件を解決していくミステリードラマです。
当時は、まだ現役の消防吏員であったので、監修に関することはすべて勤務時間外に行い、無報酬という条件で引き受けました。
また、放映する際のエンドクレジット(終了時、画面に流れる出演者やスタッフの名前)には、本名でなく『北条未来』というペンネームを使用しました。本名でも構わないのでしょうが、あらぬ誤解を受けて所属の消防に迷惑を掛けたくなかったからです。
私のふるさと小田原の雄である北条氏にあやかるとともに、何かしらの道筋が未来へと続くようにとの願いを込めて命名したのですが、今思うと私のような人間には似合わなかったかもと、少々悔やんでいます。
この作品は好評で、15作まで続きました。
私が携わったことといえば、正誤をチェックするだけでなく、企画段階でトリックに関するアイデアを提供したり、セリフをつくったりと多岐にわたるものです。その分、様々な経験を積むことができ、貴重な財産になりました。
ただ、場面にあったセリフを考えるのは、とても難しいことだと、今でも思います。
一番苦労したのは……。そう、第5作目でした。
主人公である紅が、火災調査官として歩み始めた頃の回想シーンです。消防大学校の教官が、紅に火災調査官の使命というものを教える重要なシーンだったのですが、実は、その決めゼリフが台本にはなかったのです。
スタッフで様々なセリフを考えたのですが、どうもしっくりといきません。
私もスタッフも次第に追い込まれていき、撮影が明日に迫った日のことでした。重苦しい雰囲気の中、しばらく私の顔を見ていた監督の岡本弘さんが、ふと何かを思いついたようで、脇にあった紙切れにすらすらとペンを走らせたのです。
『未来の火災を消す』
岡本監督という人は、登場人物の行動原理まで掘り下げて描こうとします。そうしないと本物を描くことはできないという強い意志をお持ちのようでした。
そのため、常々様々な質問を私に投げかけてくるのです。
「なぜ、火災調査官は焼け跡を丹念に調べるの?」
「そこには、出火に至った真実が埋もれているから」
「なぜ、真実が必要なの?」
「今後起こりうる類似火災を未然に防ぐため」
撮影の合間に、そんなやり取りを繰り返していました。
そのことを反芻しながら、このセリフを思いついたようです。
消防大学校の教官役は、小林幸子さんでした。
黒板に『未来の火災を消す』と書き、
「消防隊の使命は、目の前で燃えている火災を消すこと。火災調査官である君たちの使命は、未来の火災を消すこと――」と言い放ったのです。
『未来の火災を消す』
このセリフは消防界でも話題となり、今でも消防機関のホームページで目にすることがあります。
制作者が、どのような思いを込めてセリフを生み出しているのか――そんなことを想像しながらドラマを見てみると、一味違った面白さが感じられるかもしれませんね。