松浦勝人の起業史 3

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松浦勝人の起業史 2 からの続き




そんな中僕の店はほとんどCDという冒険的な仕入れを行いオープンした。




要は、レンタル店はこの先どうなってしまうかわからない。お店もいつ出て行けといわれるかわからない。まして同じ駅で最後発である5店目の出店で、なおかつこの先CDが本当に普及するのかもわからない時にCDだらけの在庫で出店するというまさに無謀とも言える冒険に出たのだ。もちろん不安だらけだった。失敗したらすべておしまいである。バイトのみんなも帰り、ひとり店のカウンターで、いったい自分の将来はどうなるのかと不安に思ったものだ。大学の友達は就職活動を始め、一方、僕はどうなるのかわからない貸しレコードという商売を始めた。当然、将来の保障は何もない。




とにかく、僕はその前一年間の貸しレコード店でのバイトで培ったすべてのノウハウをその新店舗に投下した。


6月にオープンし、10月までは苦しい時期が続いた。しかし、忘れもしない10月の末にレベッカ(当時大人気のアーティスト)のCDが発売され、その日を境に売り上げは日増しに上昇し、それから数ヵ月後にはすべての競合点を退け地域NO.1となった。




もちろん誰もが予想しなかったほどのCDプレイヤーの普及や係争問題の一応の解決、そして、再開発の延期等等、僕には神風ともいえるような幸運の連続ではあった。


その後一年余りで、なんと15坪にも満たない僕の小さな店は友&愛の中でも売り上げ一位を記録するような店となっていった。

日本全国の貸しレコード店のオーナーがたかだか15坪の店を見にやってくる。

松浦勝人22才の時である。




ここで、僕の起業というものを考えてみる。


ぼくのこの時点での成功の理由は何だったのだろう。


僕が思うには、自分の好きなものをとことん追求し、それをビジネスに変え、目の前にある出来ることをあまり先のことを考えずにひたすら実行し、がんばったということに尽きる。

常に、あらゆるものに対し何故何故何故と考え、自問自答していた。


もちろん大企業であれば将来のビジョンを掲げ、それに向かって目標をたてて、遂行していくことが大切であるかもしれない。


しかし、起業した当初、零細企業のぼくにとってはどうなるかもわからない未来に大きな夢を描き、それを目指す事よりも、今しなければならないこと、、今、出来ることを階段を一歩一歩上るようにひたすらやり抜くことがその成功という結果を導いたとしか思えない。そこには不思議と運も味方してくれた。もちろん成功したからいえるだけのことかもしれない。しかし僕の場合に限ってはそうだったということしかいえない。事実そうだったし。




何より、このレンタル店の成功の時点では、その後僕がエイベックスという企業を設立し、社長になるなんてことは夢にも思っていないのである。




松浦勝人の起業史 4 へ続く