めぐる世界

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一年くらい前にベッドの中で見つかった福禄寿の御守りがありました。
福禄寿っぽい金で象った御守りみたいなモノ。
 
なんでベッドの中から出て来たのか不明だったのですが、
ベッドの中から生まれたようでもあり(笑)
 
移動途中でわたしに見つかったのかもしれません(笑)
 
常時、ひとり禅問答みたいな事があるのですが今日は「むかう」と「むかえる」の違いと、「余生」と「余命」の違いという問いが始まりました。
 
辿りついたのがここ(笑)
 
向島百花園。
 
向かうと想うと細い出口のように想うのだけど、
迎え居ると想うと360度全開で知覚の中心軸が定まる。
 
余命って与命だと想っていましたら、
この記事書く時の文字変換で「余命」だったのに新鮮な驚きでした。
 
常に与命です。
常に与生です。
 
が、むかうとむかえるの違いほどの差があります。
意味がまったく逆転してしまいます。
 
与えられたいのちという意味でもあり、与えて往くいのちでもあります。
観ることで与えられるいのち。
ヒトと観合う、自然と観合う、うちとそとがずっと観合っていのちを与えあっている。
ヌーソロジーでも言っている「アナタとワタシの挟間に世界が生み落とされる」という瞬間。
 
目が遭わなければ、視点が合わなければそこに世界は生み落とされない。
瞳の奥の瞬間、永遠の語りを迎える。
向かうとなるとまた軸から抜けるという感覚。
 
自分の廻りが動いている。
自分が動いている。
自分も動いている。
 
自分も動くから廻りも動く。
 
これって天動説、地動説の感覚と似ているのかなと。
一点だけが幅を動かしているんではなくて、
奥から外に生み出していて生み出した瞬間にまた情報は新しく刷新されて。
スパイラル、旋回し続け合っている。
 
常に新鮮な空間である事を、
想いださなければいけないなと想えて来ました。
 
想いだして往く事で、観察子の自覚が起こる。
 
自覚って、自ら覚めると書きますね。
自ら覚めるって、自分ではない事から目覚めて往く行為なんだと気が付きました。
 
今日は洋服を着た時に、あれ?フィット感がはんぱない!!!と想いました。
フィット感とは、身体と服という感覚ではなくて、意識と肉体のフィット感でした(笑)
 
ますます着地して行っているのかもしれません。
 
だからか頭が難しくなってきました(笑)
 
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笹が彫られていました。
 
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冷やし抹茶。
緑茶は飲めないけど、抹茶は飲みます。
 
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野菜お菓子付きでした。
大根が瑞々しくてびっくりするほど美味しかったハート ピンク
 
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お水はドロドロなのに抜き出る強さ。
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瓢箪。
可愛い( *´艸`)
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