藤沢周平の作品の中でも「蝉しぐれ」は特に敬愛している作品です。この作品は、今までにNHKのドラマ版・映画版と2種類とも見てきましたが、今度は舞台版を観劇してきました。
最近とみに活躍が目立つ、「新時代の時代劇役者」福士誠治が、主人公の牧文四郎役で座長をつとめていました。「風の果て」で主演をした時は、相手役の高岡蒼甫に比べて演技が幼い感じがしたのですが、時代劇への出演や主演を重ねてきたからか、最近は武士の貫禄(?)も、かなり出てきている気がします。
今回の舞台でも、声もはっきり聞こえたし、言い間違いや、つっかえもほとんどなく、殺陣も素晴らしかったです。ちょっと残念だったのは、最もシリアスな場面(父との別れの場面、ふくとの再会の場面など)で、照れがあるのか、語尾が定まらず、演技と役者との間に壁一枚あるような感じがしたことでしょうか。でも全般的にはとても良かったと思います。
ふく役の北川弘美は、演技が全然ダメとは言わないけれど、感情を強く表現するときに声がケバ立つのが聞いていてつらかったです。福士誠治も北川弘美も、語尾が時々現代っ子に戻ることがあったのも気になりました。(語尾がおさまらず、上向き加減になる)しかし全般的な演出としては、殺陣もとても良かったし、登場人物の所作もとても良かったと思います。
次に脚本ですが、前半は、映画でもドラマでもカットされていた場面が、かなりいかされていて、丁寧に作ってあると感じました。舞台用に、話の順番を入れ替えたり、説明が多くなったりはありましたが、それはいたしかたないと思います。ですが、後半、一番大事なところを大幅にカットしていたのは大変残念でした。藩主の側室になったふくを助けるため、欅御殿に向かう文四郎。欅御殿を逃げ出してから、ふくと2人で城下町まで逃げるくだり。ここが全てカットされていました。幼馴染の2人が、危難を前に再会し、溢れ出そうな想いをどうしようもなく、お互いにじれったく、ああとか、こうとか思ったりしたりする様をどう表現するかが一番見たかったのに。
この事件の後、ふくが出家する前に、2人は20年ぶりの再会を果たします。このシーンも、もちろん原作の山場ではあるのですが、舞台では逆にもたつきがあってかったるく、長く感じました。ふくが、例のケバ立った声で「では、私の想いはあなたに通じていたのですね!」と叫ぶシーンは蛇足だったと感じました。ふくはそんなことは言わないでしょう。「言わない」と言えば、文四郎が、切腹を言い渡された父と最後に対面する場面で、文四郎が饒舌だったのも、残念に思いました。「言いたいことはたくさんあったのに、言えなかった」と後悔し、男泣きに泣くというのが、原作の中でも特に素晴らしい場面だと思うので、あの場面での饒舌はちょっと残念でした。
話は20年後の再会に戻りますが、この脚本では、文四郎のふくに対する想いがぶっきらぼうすぎる感じがしました。「あの人の、白い胸など見なければ良かった」と悔恨に胸をかまれる感じがほとんどありませんでした。全体的に、若干、文四郎が明るすぎるきらいがあったと思います。やはり舞台で心の内面の深いところまでを表現するのは至難の業なのですね。