こんにちは うぐいすです

 

前回のブログで書いたこと・・・

 

今の人生を最大限に生かすには 日常の自分の感情の大元にある

エネルギーと向き合うこと

その取り組み方を次回までにまとめてみますけど

 

よくよく考えるとまとめるには無理がある

それぞれの魂レベルの習熟度の違いによる課題があって

私がお勧めしている瞑想法も必要な人と必要でない人が居る

 

瞑想法をブログに載せ続けてきたけど

誰にでも共通する課題といえば「自分を信頼する」こと

ほとんどの人は「自分以外のなにものかになろう」としていて

信頼とは真逆な生き方を選んでいる

 

自分自身を嫌って長年生きてきた私なので 偉そうなことは言えないけど

強いエネルギーの影響を受け続けているお陰で本質から目を背けることが出来ない

 

エネルギーの影響を身体で感じると様々な症状があるが

どこかコロナの後遺症と似ているように思う

 

常に全身はだるくて短時間しか活動できない

常にエネルギーのシャワーを浴びている

 

シャワーといえば全身に水圧を浴びている

そのもっと激しいのが修行者が取り組んでいる滝行

 

人生で起こる様々な出来事の裏には 常に「今取り組むべきエネルギー」が

隠されている

 

今の私の日常には事件といえるほとの出来事は無いけど

直接エネルギーとして降り注いでくる

ある意味滝行のような激しさが常にあるけど ずっと受け続けていると

流石に慣れてくるのか 辛さの中に日常があるという感じになる

 

どんなに熱心な修行者といえども ずっと滝行を続けることはできない

食事時や就寝時 それにトイレタイムだってある

 

私たちのようなエネルギーを身体で感じる人は

寝ても覚めても常にエネルギーの圧力を受け続けている

休憩タイムもなければ就寝時も強いエネルギーの影響を受けている

 

私たち夫婦の日常はエネルギーの影響を最優先にしながら

動ける範囲で やらなけれなならない雑務と取り組んでいて

強い水圧を受けながら普通に生きているかんじ

 

本質を輝かせるというけれど 言葉で理解する人は少なからず居る

でも それを行として続けることはとても難しい

 

知識としての理解ではなく

行・・・修行 として続けることは思考ではできない

 

今の私たち夫婦はといえば 何も考えずに

ただ エネルギーを受け続けている

 

なぜ・・・人から理解されない行を選んだのか

ずっと考えてたどり着いたのは

頭での思考を使っても これ以上の道を究めるには無理がある

 

だから考えずに 普通に生きてエネルギー行を続ける人生を選んだ

修行の最終的な仕上げ段階に入ると 静観して続けるしかない

 

私たち夫婦が 魂の奥から欲しているエネルギー

そのお陰で 本質への道を迷うことなく進むことが出来る

 

進んでいるという自覚は無いけれど

そこは

自分自身を信頼する ただ信頼する

力まず 努力せず 普通に生きる

 

本質へと続く滝の水を浴びながら

コップ一杯の水になりきる

 

 

 

 

 

 

 

 

何かを直すため、あるいは自分を証明するためにここにいるわけではありません。

 

あるがままのすべてで存在し、あなたの本質をその人生も輝かせるためにここにいるのです。