昨年冬、京都国立博物館でマリーアントワネットが愛玩したという漆器のコレクションが日本に里帰りした。

かなり早い頃から目星をつけて意気込んで京都まで見に行ったのだが、六本木のサントリー美術館でも東京展が開催された。もちろん、こちらにも足を運んだ。

長崎でオランダ人の目に適い、海路をフランスに渡来した漆器達は、絶対王朝のブルボン王家とその貴族たちに迎えられ、産地の名を冠した「japon」と呼ばれて宮殿や城館の一室を飾った。

中でもマリーアントワネットは、この「japon」の収集家として知られた。

彼女は収集家とはいえ、研究的な意味を持つ「マニア」ではなく、ジュエリーや衣装を集めるのと同じ感覚・・・おそらくは革命時に非難された「浪費」の一助を担っていたものだとも考えられる。事実彼女が「japon」についての論考を発表したり、「japon」の特注品をオーダーしたという記録は残っていない。

その動機はさておき、この王妃の許には選りすぐられた「japon」が集結したことは言うまでもない。それらの品が数百年の時を経てわが国に里帰りしてきたのである。かつてフランス史を専攻し、茶の湯で漆器と親しむ私がこれに食指を動かさないはずはなかった。

さて、

その中に、歴史のロマンを思わせる品があった。

それは2つの香箪笥（こうだんす）。名を四季花鳥蒔絵香箪笥という。

（王妃のコレクションとなった秋草の香箪笥）

秋草の香箪笥は王妃のコレクションとしてヴェルサイユに残り、革命政府に没収され、今はパリのギメ東洋美術館に収蔵されている。一方で桜の香箪笥はイギリスに渡り、19世紀にはイギリス人富豪のコレクションとなった。

この二つが今、里帰りして私の前に並んでいた。

解説プレートにもあったが、よく見るとそれぞれの香箪笥の引き出しが、一つだけ入れ替わっているのである。

秋草の香箪笥には一つだけ桜の引き出しが、また桜の香箪笥には秋草の引き出しが入っているではないか。もちろん、陳列した学芸員が誤ったものではない。少なくとも数百年前の「誰か」によって入れ替えられ、そしてドーバー海峡を挟んで離れ離れとなったのである。

では、その「誰か」とは誰か。

桜の香箪笥を所持したイギリス人富豪とはジョージ・ソルティングという19世紀の人だ。彼はコレクターで、この品を何らかの経路によって手に入れている。したがって、すでに政府所管となっていた王妃所持の秋草の箪笥に触れることはできなかっただろう。

「誰か」はソルティング氏ではなさそうだ。

となると、可能性に残るのは、出島から輸出され、マリーアントワネットが入手したまでの人物である。しかし、こうしてみると秋草の中に一つだけ桜の引き出しとは明らかに違和感がある。桜や秋草を知らぬ西洋人の感覚にもよるだろうが、違和感のあるまま一国の主に届けたりするものだろうか。

私はその｢誰か｣が、マリーアントワネット王妃自身のような気がしてならない。

彼女ならその財力を以って2つの香箪笥を並べることが可能で、非難されるほどの浪費傾向を見ても、マニア並みの執着心はなかっただろう。

両方のトレーを引っ張り出して眺め、親友のポリニャック伯夫人らを相手に語り合い、話の興味が他へ移ったところで、あわただしく片付けられた・・・・とする可能性もある。

ひょっとしたら片付けさせられた侍従のミスかもしれないが。いや、もっと言えば、ヴェルサイユには家財の管理を担当した役人が居たはず。

フランス革命前夜、ヴェルサイユに集結した市民に囲まれて国王一家が宮殿を後にした時、これらの品は宮殿の一室に取り残され、後に王権が停止されると革命政府によって他の宮殿の家財と共に接収されてしまった。ソルティング氏所持の桜の香箪笥はこれ以前にヴェルサイユを離れていた可能性が高い。

本来香箪笥とは、香木片を入れて保管しておくためのケースであるが、香水が主流のヨーロッパへ輸出された時点で、おそらくその役目は果たしていないだろう。今で言うところのジュエリーケースのようなものとして使われたと考えられる。

結局「誰か」が誰かは迷宮入り。

王妃の気まぐれか、侍従か役人のミス・・・

はてまた愛した友人・フェルセン伯爵への餞別に王妃が小洒落たことをしたのか・・・とまで考えるのは、ベルばらの読みすぎかもしれないけれど。

入れ変った引き出し