銀明水・・・富士山頂の御神水
今回の雲上茶会で、メインとなったのがこの神水。
山頂の浅間大社奥宮で授与されている。
銀明水といい、静岡県側の富士山頂で湧き出る湧水である。
銀があるなら、金もある。金明水と呼ばれるこちらは山梨県側の富士山頂に湧き出る湧水だが、お茶の世界では、銀明水が良く知られている。
湧き水と呼ばれているものの、実際には、岩から染み出た雪解け水らしい。しかしながら、清水である事は間違いなく、古来より湧き出る水として、信仰の対象になっている。
この銀明水について、室町時代に語られたという面白い伝説がある。
それは日本一の山と湖という神話で・・・・
昔、神様たちが集まって国造りの相談をし、まず日本一高い山と日本一大きな湖を造ることになりました。
そこで、日本一高い山を造る所を駿河国と決め、その土を近江国から運ぶことにしました。山は一夜のうちに造ることになり、力持ちの神様が夕方から近江国の土を大きなもっこに入れて運びました。明け方近くなって、あと一もっこで山が出来上がると、最後の一杯を担ぎあげたとき、一番鶏が鳴いてしまいました。神様はがっかりして、土をこぼしてしまいました。そのために、富士山の頂上が平らになってしまいました。
それで、駿河には日本一高い富士山ができましたが、山の頂上が平らだそうです。土を取った跡には、日本一大きな琵琶湖ができました。そして、最後にこぼしてしまった一もっこの土でできたのが、琵琶湖の近くの近江富士(三上山)だということです。
神様は、かなわなかった一もっこの望みを果たすために、琵琶湖の水を富士山に送ることにしました。富士山の頂上に金明水・銀明水といわれる水の出るのは、琵琶湖からの通い水だということです。(富士宮市HPより)
という事だ。
これに因んで50年前から、はじまったイベントがある。今年51回目の富士登山に挑み、山頂の剣ケ峰で、湖水を注ぐ一方、帰りに山頂から霊水を持ち帰り、今度は同浜で琵琶湖に注ぐという、「お水取り」のイベントだ。
我々の茶会と予定が合えば、是非ともコラボレーションを試みたかったものである。
さて話を戻し、これが室町時代の話ということは、おそらく利休も知っていた話だろう。
利休は特にこの銀明水に関心を抱き、そしてあこがれたようだ。
後に後陽成天皇を迎え入れる為に豊臣秀吉が聚楽第を造営すると、その邸内の井戸に銀明水と名づけた。
後に秀吉から北野大茶会の主宰を頼まれると、利休は好んでこの水を用いたという。
さらに利休は、秀吉が伏見城や大阪城を造営したときにも、その郭内に金明水と銀明水と名づけた井戸を掘っている。秀吉のお茶に用いた事は言うまでもない。
また、岐阜県犬山市にある登録文化財「奥村邸」の庭園には織田信長が武田攻めの際に立ち寄って飲んだとされる銘泉がある。犬山市の有形文化財に指定されているこの井戸もやはり銀名水と呼ばれ、一説には私の遠祖である森長可公や蘭丸も飲用したと伝えられている。
事実ならば、利休が命名した聚楽第や伏見城・大坂城の井戸よりも古い事になる。

