出雲と大和 | 麻布十番の 元・居酒屋オーナーで現・不動産屋@でんじゃらすお兄さんのためになるブログ!?

出雲と大和

風邪が抜けきったわけではないけれど、いつまでも寝ているわけにもいかないので今日から社会復帰。

というか、休養中も自宅でだいぶ仕事してましたけど。

 

今、上野でやっている「出雲と大和」。

ほとんど毎日上野駅で乗り換えてますが、なかなか半日という時間を捻出することが出来ず未だ行けていません。

 

私、日本史好きなんですよー。

特に古代。わからないことが多くてそれが歴史的ロマンをかきたてます。

出雲エリアは銅鐸で、九州エリアは銅剣が多いのに、一番銅剣の出土が多いのは出雲の荒神谷遺跡なのはなぜだろうとか。

 

私が大学に入学して最初にやった課題は出雲大社の図面を描くことでした。

図面と言っても各立面図を描いただけだった気がします。

「烏口(からすぐち)」という万年筆の原形みたいな道具と、自分で木を削って作った曲線定規を使って屋根の曲線を描いたことをよく覚えています。

 

出雲大社というのは面白い建物で、昔の子供の教科書に「雲太、和二、京三(うんた、わに、きようさん)」という日本で大きな建物ベストスリーの覚え方に出てきます。

太、二、三は順番で1,2,3ね。

雲は出雲大社、和は奈良(大和)の東大寺、京は京都御所、だったと思う。

 

出雲大社より東大寺の方が大きいし、中央集権国家造りを進めていた当時なら時の最高権力者の住む御所が一番大きいと言っておけばよいものの、なぜか出雲大社が一番大きいことになっている。

実際、最初の出雲大社はとんでもなくデカかった可能性がある遺構も発掘されているようですが、違う理由もあるようです。

 

因幡の白うさぎで有名な心優しき大國の主(おおくにのぬし)が最初この国を治めていましたが、現在の天皇家に半ば無理やり国譲りをさせられて死の国の番人として出雲に押し込められてしまいます。

その時に、天皇家はお前のためにこの国で一番大きな建物を建ててやろうと約束するんですね。

なので、実際にはどうであろうと自分たちの住む御所よりもなによりも出雲大社はこの国で一番大きな建物でなくてはならないのです。

天皇家が約束を守る律儀な一族というよりは偉大な大国の主から国を奪ったタタリを恐れたんだと思います。古代ってそういう時代でしょ。

 

実は、未だに出雲大社には行ったことがありません。

いつか、古代ロマンツアーをしたいんですが、老後の夢になりそうです。

 

 

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