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 こんな本が刊行できるとは、昨年末まで思ってもみませんでした。昨年11月にお亡くなりになった瀬戸内寂聴さんに対して、外交評論家で寂聴文学の読み手でもある小池政行さんが、寂聴文学がかたちづくられた体験を伺い、議論する対談集です。

 

 2年ほど前、小池さんから、『現代の戦争被害』(岩波新書)の新版のようなものをつくりたいと申し出があり、それ以来、何か月かに一度お会いし、ご相談を続けてきました。小池さんは外交官出身ですが、国際人道法に通じていて、かつ文化人でもあり、加藤周一さんがフィンランドを訪れた際、同地に赴任中だった小池さんが案内役をしたような方です。加藤さんが愛したかもがわ出版で出したいというのですから、これほどうれしい申し出はありませんでした。

 

 その小池さんから昨年11月末、瀬戸内さんが亡くなった直後、突然の連絡がありました。本にする予定の瀬戸内さんとの対談があるのだが、刊行してくれないだろうかというのです。10年ほど前の対談なのだが、瀬戸内さんから死後の刊行を依頼されていたのだと伺って、びっくりです。

 

 小池さんは今から2010年、ドナルド・キーンさんと日野原重明さんを相手に対談集を出されました(いずれも藤原出版)。その次にと決めたのが瀬戸内さんとの対談で、2011年の夏、京都の寂庵で対談は実施されました。

 

 しかしその直後、小池さんが何年もの入院を必要とする大病を患い、何回も手術を重ねるなかで、本として刊行するタイミングを失ったそうです。そして2017年、「女性セブン」の企画でお二人が久々に対談された際(この対談と2008年の「週刊朝日」対談も本書に所収)、寂聴さんから、この本は自分の死後に刊行してほしいとの申し出があり、そのまま机にしまっておかれたそうなのです。

 

 これは刊行するしかありません。というか、弊社で刊行させてもらえるなら、こんなにうれしいことはありません。

 

 原稿を読ませてもらうと、お二人の対談でしか成立しないような、独特の深みと味わいがあります。例えば、寂聴さんの文学は「愛欲文学」などと言われたこともありましたが、小池さんは、敗戦を中国で迎えたことをはじめとする寂聴さんの戦争体験は、まさに「死」と直結する体験であって、それが「死」と対極の「エロス」を寂聴文学に与えたのだと喝破しています。そういう小池さんの視点があるので、この本では、第二次大戦の体験はもちろんのこと、対談直前の3.11の体験が大きな位置を占めているのです。「死後の刊行」という寂聴さんの依頼の意味もここにあるのでしょう。

 

 小池さんには、なぜ10年以上前の対談の刊行が今なのかが大事なので、それを「まえがき」にすることをお願いし、今年2月にいただきました。それを組み込んだ最後のゲラを作成し、表紙の案も携え、いつもお会いする東京のパレスサイドホテルで「これで行きましょう」とご相談したのが、今年3月9日。

 

 そうしたら3月15日、小池さんがお亡くなりになったと、奥様からのお電話が。頭が真っ白になった瞬間でした。

 

 その頭でこの本を見直すと、対談の直前に大病を患った寂聴さんと、直後に患った小池さんが、ともに「死」や「魂」を思い描きながら話し合っている様子が伝わってきます。「まえがき」を見返すと、小池さん自身も、この本を刊行できれば思い残すことはないと考えていた様子が伝わり、ご自分の「死」も覚悟されていたのではないかと感じるのです。

 

 そんなお二人の「魂」が籠もった対談集。寂聴文学の原点が伝わってきます。是非、多くの方に手にとってもらえればと思います。