「まぼろしのもやし」

 みなさま初めまして。埼玉県深谷市でもやしを作っている飯塚と申します。


 今回は最初の記事になりますが、まずタイトルになっている


「まぼろしのもやし」


について書いてみます。


 「まぼろし」・・・というと、「未だ見ぬ究極のもやし」と思われるかもしれませんね。でも私はすでに見ているんです。その「もやし」を。それも3年前に、場所は鹿児島です。


 私は一般的にはまだまだ少数品種の「ブラックマッペ」というミャンマー産の豆を使ったもやしを作ってます。ブラックマッペもやしは国内の大多数を占める中国産緑豆を使った「緑豆もやし」と比べ、身は細いのですが、味が濃くて、もやしの味を知る人には人気のある玄人好みのもやしです。


 もともと九州はブラックマッペを食べる下地があったので、私は取引のある原料輸入商社の社長「Kさん」にお願いをして、鹿児島で昔ながらのブラックマッペもやしを作っているもやし屋さんを紹介してもらうことになりました。


 初めて降り立つ鹿児島。桜島を見ながら、私は姶良町にあるそのもやし屋さんを訪れました。古くからの住宅街の中に、ポツンとある蔵のような建物でもやしを作っているもやし屋さん。私達を迎えてくれたのは、私よりも年上の女性。長靴を履いてムロ(栽培室)に入るその姿に、私は自分の母を思いだしました。


 設備はほとんどが旧式のもの。私の会社でも30年前に使っていたものと同じです。小さな栽培枠の中に育っているのは、見慣れたブラックマッペもやし。でも明らかに私の作るものと違います。見た目は本当に細く、根がひょろひょろとしています。しかしその味は・・・


「雷に打たれたように、味が濃く、瑞々しく」あり、そして


「私が求めるものがここにあったという」、大きな感動に言葉を失ったのです。


私は多少の確信を持って女性に尋ねました。


「エチレンはあまり使ってないですね?」


エチレンとは多くのもやし屋さんがもやしを太くするために散布する成長抑制ホルモンガスのことです。


女性は当たり前のように答えました。


「はい。全然」


そして女性は驚くべきことを話しました。


「ウチは冬でも暖房を使わないんですよ。1年通してこのまま。このあたりだとそれでももやしは出来ちゃうんです」


 このもやし屋さんの作るもやしが美味しいのが分かりました。あくまでももやし自身の力だけで育てていて、それを善しとしているのです。多少の室温の変化も気にせず。この温暖な鹿児島ならば、もやしはそれでも育つのです。そしてそれが「もやしのあるべき姿」なのだと確信をしました。


 「これは鹿児島産の大豆で作った大豆もやしなんですよ」


 といって大きなもやしを見せてくれました。昔はこういう大きな大豆もやしは普通にありましたが、今はすっかりアメリカ産の小大豆を使った小大豆もやしにとって替わられて、その大豆もやしはとても懐かしく思いました。


 食べてみると、ああ、本当に味が濃い。身も、もちろん豆の部分も。体の栄養になるような良い野菜の味がしました。


「この大豆もやしは鹿児島では正月の雑煮に入れるんですよ。とてもよい出汁が出るんです」


 この味ならば良い出汁がでるでしょう。とても納得のいく説明でした。地元の食文化にしっかり根付いている地元鹿児島の大豆を使ったもやし。理想の食の形だと思いました。そしてここで聞いた


「もやしの出汁」、


という言葉は、同じもやしを作っている私にとっても今後大きく響くことになったのです。


 栽培室が小さいこともあって、そのもやし屋さんの滞在時間は30分くらいでしょうか。私にとっては短いけど、充実した時間であり、大きく勇気付けられた貴重な経験でした・・が、その時から何かいやな・・・・・一抹の不安に捉われていました。


「このもやし屋さん、理想のもやしを作っているけど、今このもやしが受け入れられているのだろうか」


 女性は終始俯き加減で覇気がないのも気になってました。


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 今年に入ってからです。私は多くの野菜を愛する方々と出会い、それなりの評価をいただき、私のもやしの方向性は決して間違ってはいない、との多少の自信を持つようになりました。それでも私のもやしは、あの鹿児島の女性が作る、「あるべきかたちのもやし」の足元にも及ばないのです。機会あるごとに私は、


「鹿児島には小さいけど、こういう良いもやしを作るもやし屋さんがいるんですよ」


と、話してきました。それだけあの鹿児島での30分は大きなものだったのです。私は話しているうちに、またあのもやし屋さんを訪れてみたくなりました。そして案内してくれた「K社長」に電話をして、その希望を伝えると、


「最近はもうやっていないようですよ・・・・・」


と、寂しい言葉を受け取りました。私の中で、あの鹿児島のもやし屋さんのもやしは、


「まぼろしのもやし」


となってしまったのです・・・・。もしかしたら細々と続けているかもしれませんが、しかしこの競争の激しい、もやし業界の現状から、小さなもやし屋さんが事業を閉めてしまう可能性は大変高いのです。


 私は思います。あの素晴らしいもやしと、謙虚な仕事をしているもやし屋さんが受け入れられないのが、今の世の中だとしたら、それは


「世の中の方が間違っている」


と。一体なにが違うのか。何を変えれば良いのか。私がここのタイトルにした「まぼろしのもやし求めて」は、そのまぼろしのもやしが、まぼろしでなくなるようなそんな世界を願ってつけたタイトルなのです。


 そして・・・・その答えは・・・・やはり栽培枠の中で静かに育ち続けるもやしの中にあるような気がするのです。