太平洋不動産の宮戸淳店長にお会いして、お話を伺いました。

 

宮戸さんは、二宮生まれの二宮育ち。大学で不動産学部に在籍し、卒業後東京で5年ほど不動産業界で仕事をされてから二宮に戻られました。太平洋不動産は30年前にお父様が創業されたとのことです。

 

宮戸さんが今、力を入れているのは、二宮の空き家活用です。

そのきっかけは、二宮のパン屋ブーランジェリーヤマシタ。オーナー山下さんが元美容院でしばらく使われていない様子の物件を見つけ、「借りたい」と宮戸さんに相談し、宮戸さんが所有者を訪問し、交渉したそうです。

「まるで価値のないモノのように扱われていた物件が、“素敵な場所”に変わり、パン屋の域を超えて人が集まる場所になり、エリアの雰囲気まで変わってしまったのが衝撃的でした」と宮戸さん。

以後、自分の足で二宮を歩き回り、これは!と感じた放置されている物件は所有者に会って活用するように提案されているそうです。

 

また、ブログ「ハッピーにのみやライフ」で、二宮のイベントやおすすめスポットを紹介されています。

 

宮戸さんは二宮町商工会青年部長も務めていらっしゃいます。

商工会青年部は2017年1月には青年部創立50周年記念花火大会を開催したしました。2018年3月の“ふれあい広場”イベントでは、葛飾北斎が描いた二宮町の風景「富嶽三十六景の相州梅沢左」をモチーフに、巨大なみかんモザイクアートを子どもたちと一緒に実現したり、と若い力が町の活性化に努めています。

 

宮戸さんには、私が訴え続けている「観光立町二宮の可能性」についてお伺いました。即ち、

 

1. 毎年この時期になると多くの方が菜の花ウォッチングに訪れるけれど、地元経済にあまり寄与することない現状。つまり駅を降りてただ吾妻山に登り、そのまま駅から帰ってしまう人が多いこと。

 

2. 国交省事業により現在失われつつある二宮海岸が今後復活することにより、将来は二宮海水浴場が復活するだけでなく、砂浜が失われたことにより継続できなくなった各種イベントが実施可能となることが予想されるが、行政による将来を見据えた対策が全くなされていないこと。(「復元が期待される二宮海岸と袖ヶ浦プール」参照

 

3.ブーランジェリーヤマシタをはじめとする町外から移住して来た方達が新しいビジネスを始め、二宮に活気を与えているが、その流れを促すようなことを行政が全く行っていないこと。

多くの人が安心して二宮でビジネスを始められる仕組み、例えば特区のようなものを設置して、税制面で優遇すると同時に何らかの規制を設けることで趣のある街並をつくるなどの可能性が考えられます。

 

以上3点に触れ、単発的発想ではなく体系的に最大限の相乗効果を考えた施策を展開することにより観光の枠を超えた波及効果が期待できる。それが行政の責任ではないか?とお伝えしました。

 

それに対して宮戸さんは、「二宮は排他的なところがなく、新しい住民をみんなが受け入れる雰囲気があり、この数年で新しいコミュニティができ始めています。自分は“地域創生”というようなテーマには興味がなく、自分が住んでいるここ二宮がワクワクする、楽しめる町になってほしいというスタンスで、日々、いろいろなことに取り組んでいます」と答えられました。

 

私は10年、50年先と未来に目を向け過ぎているのかもしれません。一方、宮戸さんはご自身の今現在の感覚を大切にしながら二宮の将来を見つめているのだと感じました。同時に地域活性化の難しさもよく理解されています。例えばかつての活気が失われている二宮町の「北口通商店街」と「栄通商店街」について前者は「“もてなし”の意識がある」と分析し、後者は地主の影響で各店の自由なアイデアが発揮できにくい状況があるかもしれないと仰っていました。不動産のプロならではの視点です。

 

 

ご自身のブログで、スーパーナルシスト“プリンス・ジュン”と名乗られている宮戸さんは、派手で自己主張の強い方なのではないかと思っていましたが、実際にお会いすると、堅実で物静かで、そのギャップに少々戸惑いました。

お会いした日には私は風邪をこじらせて、万全な体調とは言えませんでしたが、快く取材に応じてくださった宮戸さん、ありがとうございました。