八戸さんぽ

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「らしく」教える 西有公園


上の写真は、昭和44年に西有穆山禅師顕彰会により旭ヶ丘の西有公園(にしありこうえん)に

建立された銅像ですちょこどこにあるのかな~といつも思っていた西有公園は、何気に普段

通っていた国道沿いにある小さな公園でしたきらきら

 

 

(ちょうど桜が咲いていましたライン 花

 

西有穆山(にしありぼくざん)は、湊町で近所から鬼婆と呼ばれるもののしっかり者で

気丈な母(なお)と近所でも評判の情け深い心を持った「仏の長次郎」と呼ばれた父の間に

生まれた八戸の偉人で、本名は笹本万吉といったそうですお花

 

前半生は江戸時代、後半生は明治時代と時代をまたいで生きた高僧で、

曹洞宗の管長(最高位)を務めましたにこなんと90歳まで生きた長寿者キラッ

 

母の実家の菩提所願栄寺で地獄極楽を見て、母を極楽に行かせることを決意した

西有穆山は、しつこく寺に入ることを訴え、“学問に励み、徳を積んで日本一の僧侶に

なる”ということを母と約束し、天保4年(1833)に出家して金英と名乗ったそうですにこちゃん

 

母との約束を果たすため、学問に励むも八戸には師匠がいないことに気づき、

江戸に出ることを決意した西有穆山は、天保の飢饉の最中に歩いて仙台へ行きましたあせあせ

仙台の松音寺などで修行を積んだ後、江戸に出て駒込吉祥寺の栴檀寮に入り、

学業と修行に励みました勉強

 

弘化元年(1844)に23歳の若さで牛込鳳林寺の住職となるも、曹洞宗の根本経典で

ある「正法眼蔵」を学ぶため、小田原海蔵寺の月譚和尚に入門し、修行生活を送りましたにこまーく。

月潭和尚は剛直、辛辣な性格で、ほとんどの雲水は1ヶ月と留まれなかったのに

西有穆山は12年間も随身しましたお、かわいいあげ

 

29歳のころ一度帰郷し、知人などに地元で住職することを勧められるも

母に、ここらの僧侶は学問も品行もは甚だ宜しくない。一人として人の師範たるべき者は

ないではないか・・・と叱責を受け、江戸へ戻ったそうですトボトボ

 

明治34年(1901)には曹洞宗の大本山である總持寺の貫首となり、同年に明治天皇から

「直心浄国」の禅師号を賜ったそうですきらきら

翌年にはなんと、青森県人として初の曹洞宗管長に就任しました!*スゴイ

東京・横浜やシンガポールなど、開山開基の寺や住職を務めた寺は数多く、

八戸でも光龍寺や常現寺などつながりのある寺が複数存在するようです京都

 


(西有公園の石碑)


廃仏毀釈から仏法を守り、大法院での法服廃止論を覆し、廃仏毀釈、僧侶肉食妻帯に

異議を唱え、「婆言七條」「弾僧侶妻帯論」を世に問い、遺棄されそうになった仏像を救い、

布教のために全国を行脚した西有穆山の功績は意外と知られていませんが、

今でも八戸市湊町界隈には「らしく」という言葉がいろいろなところに残されていますカモメ音符

 

 

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