嬉しい報告:リプロに転院後の初回移植で妊娠・出産 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

松林先生、リプロダクションクリニック大阪の皆様


 この度、2024年10月に男児を無事出産いたしました。その後すくすくと育ち、無事に8か月を過ぎました。おかげさまで、転院前には想像がつかなかったほどの明るく充実した日々を送ることができています。不妊治療と向き合って本当によかったなと思っています。
 松林先生をはじめとするリプロダクションクリニック大阪の皆様には大変お世話になり、ありがとうございました。思い起こすと私たちがリプロ大阪の門をたたいたのは、2023年2月でした。当時の私たちといえば、地元北陸の不妊治療クリニックに2年間ほど通っておりましたが、結果は芳しくなく、採卵・移植を繰り返すものの、化学流産、稽留流産という結果でした。特に直前の1年間は体外受精を行っても胚盤胞にすらならないという状況が続き、初期胚を移植しては厳しい結果をつきつけられる日々でした。診察の度に「次もどうせ陰性だろうな」と治療に後ろ向きになっていました。夫が45歳、妻もまもなく41歳になろうとしており、出口の見えない日々が続く中、次の1年間が不妊治療最後の1年にしよう、これで不妊治療が終わったとしても悔いが残らないようにしようと背水の陣で転院しました。
 大変ありがたかったのは、遠方からの通院(片道4時間ほど)に配慮してくださり、無理なく通院できたことです。転院前は北陸から通えるのか、仕事を休めるのか不安でしたが、全国からたくさんの方が通っておられるとのことで、診察のなかで通院日や治療を柔軟に調整して下さいました。土日で通院できることも多く、見通しも立ちやすく地元クリニックより通いやすかったほどです。
 また、通院開始とともに速やかに私たちの不妊原因を特定してくださったことにも感謝申し上げます。夫は初回の受診で精索静脈瘤との診断を受け、受精卵のほうは透明体と受精卵が癒着が考えられるという事実を突き止めてくださいました。このことを知らずに私たちは地元で2年間、採卵・移植を繰り返していたことになります。痛感したのは、不妊治療の医療水準に関して私たちが住んでいる地方と大阪のような都市では差があるということです。地元クリニックでは男性は待合室にも入れなかったことを思い出すと、リプロで男女両方を診察の対象とすること、診察室に男性も入って先生から説明を受けることができること、さらには先生に質問までできること、原因の特定とそれに対する最先端の治療法があることなど、転院して初めてのことばかりで驚きました。それが大きな刺激となり、大阪へ向かう道中でも「今日はこういう質問をしよう」と夫婦での話し合いが増え、何より前向きに治療に取り組むことができました。たらればにはなりますが、夫婦ともに40代でそれぞれに不妊原因を持っていたことを考えると、もう少し早く大阪への転院を決断していれば、漫然と地元で採卵と移植を繰り返すよりも早く結果が出ていたかもしれない、そんなことを夫婦ともに感じています。
 治療も大変スピーディに行われ、夫はすぐ精索静脈瘤の処置を受け、受精卵は透明体除去培養法を採用することとなり、2回目の採卵では胚盤胞が複数でき、3回目の採卵では良いグレードの胚盤胞ができるに至りました。出口の見えない暗闇に大きな光が差した感じがしたことを今でも鮮明に覚えています。私たち夫婦は、松林先生とリプロ大阪の皆様のことを信じ続け、診察でのご助言を繰り返し共有し、毎日更新されるブログを参考にさせていただきました。
 先生がいつもおっしゃっていた、
 ●私たちにあった必勝法を見つけ、それを繰り返すこと
 ●リプロ大阪で受けれる検査はすべて受けること
これらのことを守り続け、1回目の移植で妊娠、クリニック卒業となりました。松林先生をはじめ、リプロ大阪の皆様にはお世話になったにもかかわらず、最終日に十分にお礼を伝えることもできなかったため、改めてこのブログの場で御礼申し上げれればと思います。
 また、私たちのような地方のクリニックで苦戦したり、40代で暗闇で彷徨っている方の一助になればと思い、嬉しい報告を送らせていただきます。本当にありがとうございました。そして貯胚している受精卵を迎えに行く日が待ち遠しく、またその際はよろしくお願い申し上げます。

 今回の不妊治療・妊娠・出産のプロセス全般で、素晴らしい医療従事者皆様との縁に恵まれました。リプロの皆様がこの縁に当てはまることは言うまでもありませんが、その前後でも印象に残る出会いがありました。
 上記の通り、私たちは地元・北陸で不妊治療に行き詰っていました。特別養子縁組も検討し始めていました。そんなとき、偶然というべきでしょうか、リプロ大阪でご勤務された先生が、私たちの近所で新しく不妊治療クリニックを開業しようと準備しているとの情報を聞きつけました。「相談だけでも」とお願いし、面談いただき、そこで石川先生や松林先生のお名前を聞いたことが大阪に行くきっかけとなりました。リプロ大阪を卒業した後も、ご紹介いただいた超音波クリニックには3回ほど通院し、おなかの中の胎児の様子を4Dの超音波検査で確認させてもらいました。結果「異常は見当たらない」とのお言葉を頂戴したことで、妊娠中も安心感をもって過ごすことができました。お産の時には、胎便吸引症候群を患っての出産となりましたが、出産後ただちに産科と小児科との連携がとられ、吸引・酸素吸入の措置が取られたのちに、NICUに入り24時間体制で適切な治療を受けたことにより大事には至らず健やかに成長しています。
 共通しているのは、皆さま大変なハードワークをされて、私たちの思いを受け止めてくださったということです。リプロの皆様におかれましては、世界中の論文を読み、その中から治療に有効と思われるものを選定し、その治療を施せるだけの物的設備・人的リソースを整え、手術・処置のための手技向上の自己研鑽を行い、平日は夜まで、土日祝日も患者を受け入れ、先生によっては東京と大阪を行き来しながら全国から来る患者さんの診察・治療にあたる、こういうハードワークがつながって、初めて私たちの「子供が欲しい」という思いが実現できていることを知りました。余談とはなりますが、私たちが受けていた「透明体除去培養法」の詳細については、漫画「ミズイロ」を通じて知りました。癒着を指摘してくださったM培養士、いつも穏やかに説明してくださっていたK培養士をはじめ、培養室に所属されている皆様は、こんな難しい処置を厳しい時間制約の中でこなしていることを後に知りました。私たちは採卵を終えているため、今後お会いする機会がないのは残念ではありますが、あらためて感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

 

コメント:いつもご夫婦でいらしていたので、私も大変よく覚えています。この度は、私たちの取り組みが功を奏し、移植1回で結果が出せたことを大変嬉しく思います。このようなお便りが、私たちのモチベーションになっておりますので、今後とも宜しくお願いいたします。