本論文は、市販の培養液の組成に関する調査です。
Hum Reprod 2025; 40: 30(オランダ)doi: 10.1093/humrep/deae248
要約:2019〜2020年に販売中の47種類のヒト胚培養液及びそれに添加するタンパク溶液を購入しました。内訳は、完全培養液23種、無添加培養液14種、添加タンパク溶液10種です。無添加培養液には、同一ブランドのタンパク溶液を添加しました(33種の組み合わせ)。全ての培養液80種類の成分を、Cobas 8000と超高速液体クロマトグラフィー質量分析を用いて測定しました。全般的に、胚発生に必要な(ほぼ)確立された組成に準拠していました。例えばグルコース濃度は、全ての2段階培養液で高-低-高のパターンを示しました(受精用2.5~3mM、初期胚用0.5mM以下、胚盤胞用2.5~3.3mM)。1段階培養液では、初期胚用の濃度に類似していました。しかし、乳酸、グリシン、カリウムなどの他の成分については、異なるブランドで明らかに違いが見られ、組成が同じものはありませんでした(同一系列会社のブランドでさえ、組成が異なっていました)。2段階培養液の組成に関する科学的根拠は限定的で、少数のin vivo研究あるいは動物実験によるものです。
解説:体外受精の治療が開始した当初の培養液は、それぞれの施設で独自に作成したものを用いていました(秘伝のタレのようなもの)。現在は、複雑な組成の培養液が多数市販され購入が可能になりました。培養液の組成を決定するために、2つの方法が行われました:「自然回帰作戦」と「胚に選択させる作戦」です(2段階培養液)。「自然回帰作戦」は、培養液は生体内の環境に可能な限り似せるべきであるという考えで、卵管と子宮の内容物の成分を模倣しました。「胚に選択させる作戦」は、必要な栄養素全てを投入しておき、その中から各段階で胚が必要な栄養素のみ利用するというものです(1段階培養液)。現在、複数の会社が両方の培養液を販売しています。
培養液の種類により、妊娠成績のみならず、誕生したお子さんの発育にも影響することが報告されています。しかし、製造業者は培養液の組成について(模倣されるのを恐れ)完全には明らかにしていません。そのため、毎年100万人のお子さんが誕生しているにもかかわらず、(最適な)培養条件は不明のままです。全成分の開示は、妊娠成績向上とお子さんの健康の向上に必要ですが、これまでの報告は添加タンパク溶液抜きでの成分分析が行われていました。本論文はこのような背景の元に行われ、添加タンパク溶液を加味した検討であり、グルコース濃度はどのブランドもほぼ同一ですが、その他の成分については全く異なることを示しています。あるひとつの製造業社は組成が大きく異なる4つの培養液を販売していることからも明らかなように、理想的な培養液の組成は不明です。これから生まれてくるお子さんのためにも、製造業社による全成分の開示が必要です。