☆ASRM不育症特集 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

今月の米国生殖医学会(ASRM)の機関誌Fertil Sterilの特集は不育症についてです。

 

①Fertil Steril 2023; 120: 934(米国)doi: 10.1016/j.fertnstert.2023.08.954

要約:流産は各国で定義が異なり、妊娠20〜24週未満と上限に幅があります。ほとんどの流産は妊娠初期に発生し、妊娠12〜20週での流産はわずか1~5%です。全ての妊娠の約15~25%が流産になりますが、ほとんどの夫婦で流産は散発的であり、流産を2回連続(反復流産)するのは5%未満、3回以上はわずか1%です。 このような場合には、不育症の検査を考慮する必要があります。スウェーデンの国家統計では、18~42歳の女性における反復流産の発生率が2003年から2012年の間に74%増加しました。これは、出産年齢の高齢化が一因であり、米国では35~39歳の女性の初産率は 1973年から2012年にかけて6倍以上に増加しました。ほとんどの国で20代女性の出生数が減少しています。また、肥満も流産率増加に影響します。BMI増加母体年齢の上昇に次いで流産の発生を予測する最も重要な因子であることが判明しています。

 

②Fertil Steril 2023; 120: 937(オーストラリア)doi: 10.1016/j.fertnstert.2023.08.951

要約:流産の頻度は少なくとも15%であり、世界中で毎年2,300万件の流産が発生していますが、実際にはもっと多いものと推定されます。流産経験は、深刻で長期にわたる心理的影響を引き起こします。流産後に、不安、抑うつ、心的外傷後ストレスなどの重大なリスクにさらされることがあります。また、反復流産は、将来の妊娠における死産、胎盤早期剥離、胎児の発育制限のリスクや、女性の将来の心血管疾患や静脈血栓症のリスクを増加させることも知られています。したがって、重要なのは、流産の回数ではなく、正しい情報提供心理的サポート体制の構築です。これまで見過ごされてきた、流産患者さんの支援に向けて動き出す必要があります。

 

③Fertil Steril 2023; 120: 940(英国)doi: 10.1016/j.fertnstert.2023.08.952

要約:妊娠第1期の流産の50%以上で染色体異常が確認されていますが、妊娠第2期および妊娠第3期の流産ではその頻度は低くなります。散発性流産における染色体異常は、誰にも制御できないランダムな染色体異常であり、偶然生じたものです。一方、流産を繰り返す女性における胎児染色体異常率は流産回数が増えるとともに低下しますので、子宮側の要因で流産に至っているものと推察されます。反復流産に関連する疾患として、先天性および後天性血栓性素因、無症候性甲状腺機能低下症、甲状腺自己免疫、多嚢胞性卵巣症候群、高プロラクチン血症などがあります。現在のところ、流産リスクを高める両親や胎児の特定の遺伝子変異に関する確実なデータはありません。なお、父親の加齢も流産のリスク増加に関与します。胎児の遺伝的欠陥を防ぐための介入はできず、PGTによる胚の除外のみが実施可能です。将来的には標的を絞った遺伝子治療への道が開ける可能性があります。

 

④Fertil Steril 2023; 120: 945(オランダ)doi: 10.1016/j.fertnstert.2023.08.949

要約:流産胎児染色体異常がない場合、反復流産(不育症)の原因は多岐にわたります。しかし、明確な原因が明らかにできない原因不明不育症が半数以上存在します。 胎児は半同種移植であり、健康な妊娠では母親の免疫拒絶を免れるため、免疫系が原因不明不育症のメカニズムに関与するものと考えられます。血液中のナチュラルキラー(NK)細胞は自然免疫系を担う大きな顆粒細胞であり、細胞溶解作用とサイトカイン分泌作用を持ちます。末梢血NK細胞は、90%以上を占めるCD56dimCD16+細胞と残り10%を占めるCD56brightCD16-細胞からなります。一方、子宮ナチュラルキラー細胞(uNK)は末梢血NK細胞とは異なる表現型(CD56+CD16-)を持っており、主にサイトカイン産生による免疫応答制御を行っています。uNK細胞はらせん動脈を取り囲んで着床期から妊娠初期に増加し、TGFβ、Angiopoietin 1, 2、VEGF、胎盤成長因子などのサイトカインを分泌することにより、着床をサポートしていると考えられます。しかし、uNK細胞の正確な役割は完全には解明されていません。病態生理学的メカニズムが不明であるにもかかわらず、妊娠結果に影響を与える母体の免疫系を標的としたいくつかの治療的介入(プレドニゾロン、アスピリン、ヘパリン、プロゲステロン、プラセボ)が研究されています。しかし、これらのランダム化試験では、治療の有効性やuNK細胞との関係など結果がまちまちであり、一定の結論は得られていません。現在、国際標準ランダム化試験に4件が登録されており、その結果が待ち望まれます。

 

⑤Fertil Steril 2023; 120: 948(オランダ)doi: 10.1016/j.fertnstert.2023.08.719

要約:感染性流産は、妊娠初期流産の最大15%、後期流産の最大66%と推定されています。染色体異常とは対照的に、これらの流産の多くは、ワクチン、衛生対策、コンドームの使用により予防可能です。予防は、適切な知識、教育、ケアへのアクセスが存在する場合にのみ実現可能です。なお、感染性流産に関する根拠のほとんどは、散発性流産に関するものです。病原菌としては、梅毒、淋菌、細菌性膣症、ブルセラ症、リステリア症、HIV、風疹ウイルス、CMV、マラリアが挙げられます。

 

⑥Fertil Steril 2023; 120: 951(英国)doi: 10.1016/j.fertnstert.2023.08.955

要約:流産を経験したカップルのケアを提供するクリニックは多数存在しますが、提供されるケアや流産予防のために推奨される介入には一貫性がありません。流産を防ぐには、夫婦のライフスタイルの改善が重要な役割を果たします。2023年のランセット誌の不育症特集から、果物、野菜、葉酸、ビタミンD、バランスのとれた多様な食事(地中海型食事など)が推奨されます。また、カフェインは1日あたり150〜200mgに制限すること、BMIを18.5~24.9にすること、禁煙(能動、受動喫煙ともに)、ストレスを減らすこと、良質な睡眠をとることが望まれます。また、男性側では、精子DNA損傷を減らすライフスタイルとして、禁煙、適度なアルコール摂取が推奨されます。流産防止の医療介入に関して、有効性が十分に証明されているのは、妊娠初期のプロゲステロン投与、潜在性甲状腺機能低下症に対するチラーヂン、抗リン脂質抗体に対するアスピリンとヘパリンについてのみです。さまざまな代替療法が検討されていますが、その日常的な使用を裏付ける明確な根拠はありません。流産予防の介入については、さらに質の高い研究が必要です。

 

解説:不育症の分野は、混沌としていますので、確定的なことが定まっていません。今回の6論文は現在のエビデンスを紹介していますが、かなり曖昧な部分があります。今後の研究の推移を見守りたいと思います。

 

下記の記事を参照してください。

2023.10.14「☆抗リン脂質抗体症候群の新しい分類基準2023

2023.8.3「☆欧州生殖医学会(ESHRE)2022年版 不育症ガイドライン

2021.9.14「☆Lancet誌 不育症総説3

2021.9.13「☆Lancet誌 不育症総説2

2021.9.12「☆Lancet誌 不育症総説1

2021.5.30「☆不育症管理に関する提言2021