☆ヘパリンをお使いの方へお知らせ その3 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ
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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

ヘパリンの胎児毒性に関する論文が2編見つかりましたので、ご紹介いたします(論文①②)。しかし、この2編の論文で使用されているヘパリンは、通常の濃度と比べ驚くほど高濃度のものであり、2編ともいわゆる毒性試験になります。どんな薬剤でも、濃度を高濃度にすると致死的(致命的)になります。しかし、本論文でも示されているように通常量のヘパリン濃度では胎児毒性は生じていません。やはり、タイトルや抄録だけでなく実際に論文の中身を確認しませんと、正確な情報を把握できませんので、注意が必要です。

 

①Teratology 1992; 45: 293(英国)

Wistarラットを自然交配により妊娠させ、妊娠9.5日目で受精卵を取り出し、in vitroで2日間、血清に種々の濃度でヘパリンを添加し培養しました。25 μg/mL(5 IU/mL)のヘパリン濃度から胚の形態異常が生じ、100 μg/mL(20 IU/mL)のヘパリン濃度では胚の形態異常が高度になり、200 μg/mL(40 IU/mL)のヘパリン濃度から胚発生が停止しました。高濃度のヘパリンでは、神経管閉鎖不全をはじめとした神経系の発生異常が濃度依存性に生じました。

 

②Toxicol Appl Pharmacol 2000; 163: 60(英国)

Wistarラットを自然交配により妊娠させ、妊娠9.5日目で受精卵を取り出し、in vitroで2日間培養しました。120 μg/mL(24 IU/mL)のヘパリンを添加し、神経管の閉鎖を観察したところ、妊娠9.5〜10.5日で上記の量のヘパリンを添加させた時だけ神経管の閉鎖不全が生じました。また、卵黄嚢に上記の量のヘパリンを注入しても同様な現象が生じました。

 

この2編以外には、ヘパリンの毒性を示す論文はこれまで全くありません。この2編とも産科医であるDr. Gregory J. Kesbyがお一人で実験から執筆までされています。通常はチームで実験を行い、ディスカッションを繰り返しながら、論文執筆まで行うわけですが、一人で行う場合には、チェック機構が働かないため論文の不正(捏造)が生じる危険性があります。不思議なことに、この医師は②の論文発表を最後に、それ以降の論文発表をしていません。また、論文①の後、論文②まで8年間は全く論文を発表していませんでした。①②の論文発表前(1986〜1991年)には合計8編の論文を発表していますが、一つを除き全て複数の著者での執筆です。①②の論文の信憑性について、何か勘ぐりたくなる気も致します。

 

また、ラットの妊娠期間は約21日ですので、妊娠9.5日目〜10.5日目は妊娠のちょうど半分(10.5/21)です。ヒトの妊娠期間は266日(受精から出産予定日まで)ですが、私たちが培養できるのは最初のわずか7日間(7/266)のみです。従って、①②の論文の培養とはある程度胎児が発育した段階からの培養であり、私たちが体外受精で培養している期間とは大きく異なります。少なくとも卵黄嚢ができた段階での体外培養ですので、論文の解釈に注意が必要です。

 

なお、2015.6.4「☆ヘパリンの胎盤形成促進作用」でご紹介したご紹介した論文(Fertil Steril 2015; 103: 1363)で用いているヘパリンの濃度は、5 μg/mL(1 IU/mL)です。リプロダクションクリニックでのヘパリン培養で用いている濃度も5 μg/mL(1 IU/mL)です。また、ヘパリン注射での治療濃度は、1.5〜15 μg/mL(0.3〜3.0 IU/mL)です。いずれにしても、①②の論文で示された異常が生じないレベルのものです。

 

ヘパリンの絨毛細胞への直接作用(プラスの作用)については、下記の論文が発表されています。

③Am J Obstet Gynecol 2005; 192: 23

要約:トロフォブラストにIVF不成功の血清を加えるとアポトーシスが進行するが、アスピリンとヘパリンを加えるとアポトーシスが抑制される

 

④Mol Hum Reprod 2006; 12: 237

要約:ヘパリンはヒトのトロフォブラストにおいて、種々のアポトーシスを防ぐ機構を持っている。この効果は血液凝固という観点とは無関係であり、ハイリスク妊娠の患者に対してヘパリンが有効である


さらに、最も信頼性の高いCochrane reviewから、最近下記の論文が報告されています。

⑤Fertil Steril 2015; 103: 33:Cochrane review

要約:着床期からのヘパリン使用は胚移植の妊娠率(着床率)増加に繋がる可能性がある

 

今回、①②の論文を精査することで、私たちの治療の安全性を再確認することができました。私は常々「もし自分の妻が妊娠治療をする場合に、同じ治療をするか」自問自答しながら診療に当たっています。私は、自らの妻子において、不育症検査で抗リン脂質抗体が見つかった場合には、迷わずヘパリン培養とヘパリン注射を行います。安心して治療に臨んで欲しいと思います。