外出を再開すべきです。高齢者を救うために若者や現役世代の生活を犠牲にすることはできません(トッド | 気功師から見たバレエとヒーリングのコツ~「まといのば」ブログ

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*アメンバー解除しました(2021/01/02)

 

クーリエ・ジャポンで久々にエマニュエル・トッドの名前を見ました。

 

*エマニュエル・トッド

 

クーリエ・ジャポンの記事なので、あまり中身を引用することは避けますが、トッド節は健在で最高です。

(というか、これを機に購読する価値はあると思いますが、これだけのためにも)

 

彼は人口動態を見て、国家の盛衰を予測します。

 

その手法でソ連の崩壊を「予言」し、一躍スターダムにのし上がりました。

エマニュエル・トッドについては幾度かブログでも紹介しています。

 

c.f.「ISをイスラム教徒と言うのは、ナチス党員をキリスト教徒やルター派と言うようなもの(E.Tod) 2016年11月04日

c.f.深いところで後戻りすることのない進化、、、夢の時代の終わり(エマニュエル・トッド) 2016年11月11日

 

 

トッドが非常に面白いことを言っています。

 

引用元:【クーリエ・ジャポン】2020.5.6 政治家は私たちをここまで無防備にしていたのか エマニュエル・トッド「外出再開せよ。高齢者を救うために若者を犠牲にすることはできない」

 

 

まず大枠として、

 

今回のパンデミックが人口動態に大きな影響を与えるわけではないことは認めなければなりません。(エマニュエル・トッド)

 

たとえば、1982年から2002年のエイズのまん延を引きながら、その死者の多くが若い成人であったのに対して、今回は8割が75歳以上になりそうだと言います。これも「今回のパンデミックが人口動態に大きな影響を与えるわけではない」ことの根拠の1つです。

 

 

そして結論としては、

 

そろそろ外出を再開すべきです。高齢者を救うために若者や現役世代の生活を犠牲にすることはできません。(エマニュエル・トッド)

 

と言います。

 

これはノーベル化学賞を受賞し、今回のパンデミックの数理モデルと予想の恐るべき的中を誇ったマイケル・レビット教授も同じことを言います。

 

そしてエマニュエル・トッドもマイケル・レビットも(お二人共、正確に認識しているように)高リスク群なのです。

 

マイケル・レビット教授は、「ロックダウンによる被害は、人命を救ったことよりも、何倍も大きいことは間違いありません」と断定されています。

c.f.私は中国を見てきましたが指数関数的な成長が急速に減衰していないのを見た事がありません(マイケル・レビット)

c.f.ロックダウンによる被害は、人命を救ったことよりも何倍も大きいことは間違いありません(レビット)
 

“There is no doubt in my mind, that when we come to look back on this, the damage done by lockdown will exceed any saving of lives by a huge factor.

 

 

その上で、レビット教授はこう言います。

 

now we’ve left your generation with a real mess in order to save a relatively small number of very old people. 

(私たちは比較的少数の超高齢者を救うために、あなた方の世代を本当に混乱させてしまった)

 

 

二人の意見は一致します。

 

トッドは「そろそろ外出を再開すべきです。高齢者を救うために若者や現役世代の生活を犠牲にすることはできません

と言い、

レビット教授は「私たちは比較的少数の超高齢者を救うために、あなた方の世代を本当に混乱させてしまった」と嘆きます。ベビーブーム世代の失敗の1つだと。

 

 

僕はそこに(WHOが言うようにw)喫煙者を付け加えたいとは思います。

喫煙者を救うために、「若者や現役世代の生活を犠牲にすることはできません」。

これはエビデンスが初期から明確です。

 

 

話を戻して、続けます!

 

興味深いことに、エマニュエル・トッドは「文化が似ていると死亡率も似てくる」ことを発見した、と言います。

 

というか、若い頃から状況の見方(人口動態への着目)が一貫していて、非常に面白いです。

 

 

(引用開始)

世界に目を向けたとき、人類学者として最初に驚いたことの一つは、文化が似ていると死亡率も似てくることでした。4月22日の時点で死亡率が最も高かったのはベルギーで、住民10万人当たりの死者数が55人でした。その次がスペインの46人、イタリアの42人が続きます。フランスは32人で、英国は27人です。

一方、ドイツとオーストリアは6人です。韓国や日本の死者数が少ないことを加味すれば、個人主義的で自由な文化の国々(英米やラテン諸国)が今回のパンデミックで被害が大きいのに対し、権威主義的な伝統がある国々(日本、韓国、ベトナム)や規律を重んじる国々(ドイツ、オーストリア)ではさほどでもないと言えます。
(引用終了)

 

 

僕自身はこの意見には賛成でも反対でもなく、判断のしようがないという感じです。

ただ切り口が異なるというのは面白いものです。

 

この分析のあとがまた奮っています。

 

自由な文化の国々がパンデミックの被害が大きいのは事実だが、長期的に見れば、必ずしも自由な文化の国々が他の国より失敗しているわけではないというのが面白いです。

 

なぜかと言えば、、、

 

出生率です。

 

 

(引用開始)

それに今回のウイルスで被害が大きかった国々は、長期的に見れば必ずしもほかの国々より失敗しているわけではありません。(略)

フランスと英国とスウェーデンは、人口の再生産がそれなりの率でできているのですが、ドイツや日本はそうではないのです。前者の国々の出生率は1.8ほどですが、後者の国々は1.5です。(略)

国の存亡を決めるのは出生数であり、特定の死因の死者数ではありません。ですから全体のバランスを見失ってはいけません。(略)

 

ドライな分析で大変恐縮ですが、社会の活力の尺度となるのは、子供を作れる能力であり、高齢者の命を救える能力ではありません。(引用終了)

 

 

自由な文化の国々は今回のパンデミックに対して被害は大きいが、しかし人口はその他の国と比較しても増える、と。

 

議論が一気に立体的になるのが分かります。

めまいがするような感覚を味わって欲しいと思っています。

ここでもデュルケーム(『自殺論』)と同じく、人口動態統計がポイントになっています。

デュルケームは死んでいく数だけでしたが、トッドは生まれてくる数も勘案しています。

そして生まれてきた子どもたちが急激に死ぬことから(乳児死亡率の異常な増加)、ソ連の崩壊を予測しました。

 

あたかもイザナミ、イザナギですね。

 

黄泉の国の壮絶な夫婦喧嘩ですね。

 

いまロックダウンや自粛の最中で、世界中で起きているDVですね。

 

ロックダウンは免疫も落としますし、経済も破壊するし、人間関係も破壊します。

 

そして先日のクオモNY州知事の発言が興味深いものでした。

 

 

あれ?外に出て、働いている人たちが感染すると思っていたのに、、、、自宅謹慎の人たちが新規入院しているんだ、、、、という(彼にとっては)衝撃の話です。

 

 

3日間調査によると、新規入院の84%は文字通り自宅にいたのです、、、。

 

 

クオモ知事が「看護師や医師ら社会活動に必須な業務の就労者の比率が高くなると考えていたが」という戸惑いはまっとうです。でもそういうことなんでしょう。

むしろこういうデータを伏せたり、報道を自粛しないところがアメリカの強みかと思います。

 

 

【共同通信】新規入院の8割は非就労者 米NY州、3日間調査 2020/5/7 08:53 (JST)

【ニューヨーク共同】米東部ニューヨーク州のクオモ知事は6日の記者会見で、新型コロナウイルス感染により過去3日間に新たに入院した患者のうち退職者が37%、失業者が46%で非就労者が計83%を占め、就労者は17%だったと発表した。

 クオモ氏は「看護師や医師ら社会活動に必須な業務の就労者の比率が高くなると考えていたが、違っていた」と語った。

 日常生活で公共交通機関を使う人は4%で「84%は文字通り自宅にいた」(後略)

 

 

 

話を戻します。

 

自由な文化の国々は今回のパンデミックに対して被害は大きいが、しかし人口はその他の国と比較しても増える、という話でした。

 

で、それが我々の神話である古事記を思い出すよね、という話です。

 

イザナミ、イザナギの夫婦喧嘩は神様たちだけあって壮絶です。

場所も黄泉の国ですしね。スケールが違います。

 

イザナミはウォーキング・デッドとして復活したいと思っているのですが、イザナギがそれを死守します(文字通り「死守」w)

 

 

旦那は奥さんを封じ込めますが、奥さんは激怒します。

 

奥さんのイザナミが(そんなひどいことをするなら)一日に1000人殺すと言ったのに対して、旦那のイザナギが「じゃあ一日に1500人産むようにする」と答えました(1500人ではなく、1000人ととんとんにしておけば人口爆発しなくて済んだのにとか余計なことを言いたくなります。はい、不謹慎ですね)。

 

(引用開始)

愛(うつく)しき我(あ)がなぜの命(みこと)、かく為(し)たまはば、汝(いまし)の国の人草(ひとくさ)、一日(ひとひ)に千頭(ちかしら)絞(くび)り殺さむ」とまをす。しかして伊耶那岐命、詔(の)りたまはく、「愛(うつく)しき我(あ)がなに妹(も)の命、汝然然(なれしかせ)ば、吾一日(われひとひ)に千五百(ちいほ)の産屋(うぶや)を立てむ」とのりたもふ。是(これ)を以(も)ち一日に必ず千人(ちたり)死に、一日に必ず千五百人(ちいほたり)生(う)まるるなり。(引用終了)(『古事記』)(書き写すだけで一苦労(汗))

 

とは言え、これは奥さんのイザナミが可愛そうです。

 

そもそも旦那のイザナギが「見るなよ、見るなよ」と言われているのに、誘惑に負けて奥さんの姿を黄泉の国で見るからいけないのです。

「押すなよ、押すなよ」と同じです。

(でも「出るなよ、出るなよ」と言われて、本当に出ない国民もいるそうです)

 

これはもちろんご承知のとおり、ギリシャ神話のオルフェウスの話と同じです。

 

毒蛇に噛まれて死んだ奥さんを冥界から連れ戻そうと、オルフェウスはハーデスに交渉します。ハーデスというのは、閻魔大王様ですね。

 

で、ハーデスはオルフェウスの竪琴に感動して、許可します(もしくはオルフェウスの竪琴の音色に感動した奥さんに説得されてともw)。

 

ただし、、、、、

 

ただし、、、

 

地上に戻るまでは決して振り向いて、奥さんを見てはいけない、と言います。

 

*冥界のオルフェウス

 

こういう設定というのはフラグすぎるほどフラグです。

そしてきちんと回収しますw

 

イザナギもオルフェウスもきちんと奥さんの顔を見てしまい、そして奥さんを失います。

見てはいけないものは、見てはいけないのです(魔境とかも)。

 

 

でも不実なイザナギと異なり、オルフェウスは良いやつです。

 

冥界に引き戻された奥さんのことを思い、彼は絶望して、無残にも死にます。

しかし、天国で奥さんと再開して、めでたしめでたしです。

彼が美しい音楽を奏でた琴は死を悼んだアポロン(もしくは大神ゼウス)によって、星となり正座となっています。琴座ですね。

 

Tanuki32 - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 4.0, リンクによる

 

 

喧嘩したままで呪いを互いにかける夫婦喧嘩とは大違いです(笑)

 

 

話が脱線しすぎですが、トッドの結論は、、、

 

今回のパンデミックが人口動態に大きな影響を与えるわけではない(エマニュエル・トッド)

 

ということです。

 

そして、

 

社会の活力の尺度となるのは、子供を作れる能力であり、高齢者の命を救える能力ではありません

 

という分析は重要です。

サイコパス的ですが、事実でしょうし、重要です。

 

 

ただ、いくつかの点ではエマニュエル・トッドに共感できませんでした。

 

たとえば、

 

社会にとって役立つ人とそれほどでもない人がいることを、今回のパンデミックが証明してくれました。

この国が倒れずにすんだのは、トラック運転手、スーパーのレジ係、看護師、医師、教員のおかげであり、金融マンや法律を巧妙に操れる人のおかげではなかったのです。

 

というインテリにありがちな議論です。

 

繰り返しになってしまいますが、問題は物資の生産なのです。グローバル化というゲームに全面的に参加してしまったおめでたい国々があった一方、自国の産業を維持し、いまも必要な物資(検査キット、マスク、人工呼吸器)を製造できる国々があるのです。

 

 

僕自身の感想を言えば、これもまたパニックの渦中にいることの証明です。

 

具体的なモノに執着してしまうのは(マスクをお守りにしてしまう呪術的メンタリティーと同じく)、大脳辺縁系優位です(僕はトランプがマスクをしないのはむしろ偉大な行為だと思っています(笑))。

 

(その意味では尾身先生がマスクから鼻を何度も出すのは、マスクなんか意味ないよという決死の身振りなのでしょうか、、、都知事や首相が布マスクというウィルス筒抜けのマスクをするのと同様に)

 

 

 

これは「これからの正義の話をしよう」のサンデルも同様のことを述べています。

 

サンデルも完全にピントがずれていると思います。

 

昔は冴えていました(って、何様w)

マスク転売の議論があったときに(それが非難されたときに)、思い出したのは「これからの正義の話をしよう」の冒頭の議論です(読んでいない人、もしくは忘れてしまった人のために言えば、これはそれぞれの正義から是とされるであって、決して決められないのです)。

 

 

 

 

サンデルはこう述べています。

 

(引用終了)

そんななか、新型コロナウイルスの世界的流行は突如として、どんな社会的、経済的役割が最も重要かを考え直すことを私たちに強(し)いている。


この危機のなかで必要不可欠な労働者の多くは、学位を必要としない職に就いている。彼らはトラック運転手や倉庫作業員、配達員、警察官、消防士、公共施設の保守作業員、衛生作業員、スーパーのレジ係、在庫管理員、看護助手、病院の用務員、訪問介護員などだ。

彼らには、安全な自宅で仕事をしたり、Zoom会議を開いたりする贅沢はない。混雑した病院で苦しむ患者たちの治療に当たる医師や看護師と同様、彼らは他の人々が感染を避けて自宅に閉じこもるなか、自らの健康を危険にさらしている。

私たちは彼らの働きに感謝するだけでなく、緊急時に限らず平時においても、こうした労働者の貢献の真の価値を反映した報酬と評価を与えるために、経済と社会を再構成すべきだ。
(引用開始)

 

[マイケル・サンデル「災禍で多くを失うだけでなく、多くを得たと言えるための議論をすべきだ」 | 危機下だけの“感謝”ではなく、つねに手を携えた社会のために | クーリエ・ジャポン]

 

*サンデル教授も歳を取られましたね〜。

 

 

Covid19は、どんな社会的、経済的役割が重要かを示した、と。

 

それは、学位を必要としない職だ、と。

 

「彼らはトラック運転手や倉庫作業員、配達員、警察官、消防士、公共施設の保守作業員、衛生作業員、スーパーのレジ係、在庫管理員、看護助手、病院の用務員、訪問介護員」だと。

 

私たちは彼らの働きに感謝するだけでなく、緊急時に限らず平時においても、こうした労働者の貢献の真の価値を反映した報酬と評価を与えるために、経済と社会を再構成すべきだ。

 

 

というのがサンデルの主張です。

 

気持ちは分かります。

 

 

バンクシーも看護師がヒーローだと描きました。

 

*[バンクシーの新作、英病院に登場 医療従事者に感謝のメモ - BBCニュース]

*バンクシーはStay homeな作品もつくっています。ポピュリズムですね。

*「この作品は今秋まで同病院に飾られ、その後はNHSのための資金を調達するためにオークションにかけられるという。」サイコパスな自分としては、ここがひっかかります。

彼らにとっては「結局はお金でしょう」という価値観を反映した行動に思います。

もちろんお金がなければ救える命も救えないのです。

それにせっかく寄贈されたものを売るか?とも思います。美談のように語られていますが。

病院に飾り続けておけば、集客できるのに、と思いますが。

バンクシーは、「あなた方のご尽力に感謝します。白黒ではありますが、この作品で少しでも現場が明るくなることを願っています」と、病院関係者にメモを残していた。

のであって、「これをオークションで売って、そのお金を医療に回してください」ということではないはずでは、、、。結局、アホは金の卵を生むガチョウを殺すことしかできないのです。殺して肉を食べて良しとしてしまうのです。

 

 

 

で、これは全くの見当違いでしかありません。

というセミナーを今月やります(笑)

 

というか、長くなったので、次の記事にでもします。

 

 

いや、結論はシンプルです。

これらの仕事って、全部AIとロボットに変わるよね、ということです。

 

「コレラの感染の増大が防げたのは、危険を顧みずに汲み取りのおじさんたちががんばってくれたからだ!」というのと似ています。

 

たしかに、汲み取りの方たちの職業は尊敬しますが、その仕事は下水道の完備によって奪われるのです。

 

「濃厚接触を恐れることなく、毎日切符を切ってくれた駅員さんのおかげで、公共交通は守られた」というのと似ています。自動改札に切り替わりますし、大阪府は顔認証を導入しようとしています。

 

 

時代の流れを完全に見誤っているのです。

(しつこいですが、というセミナーをします)

 

 

これからはオンラインだ!というおめでたい人々がいますが、もうずいぶんと前からオンライン化は進んでいます。そしてそれは時代の流れです(後ろに進んでいる国である日出処は別かもしれませんがw)。

 

たとえばハラリはイスラエルにいます(負け組イスラエルですw)

 

エルサレムの私の大学で起こっていることを例にとりましょう。私の大学では、大教室での講義の代わりにインターネットを用いた遠隔講義をおこなう可能性について、数年前からかなり激しい議論がありました。

それには膨大な問題点があり、反対意見も多数ありました。そのため、問題は一向に解決しませんでした。

ところが、3週間前にイスラエル政府が感染症への対応としてすべてのキャンパスを閉鎖すると、大学はすべての講義をオンラインに切り替えるシステムを導入せざるを得なくなりました。

今週すでに、私はこの方法で3つの講義をおこない、すべてうまく行きました。危機が去ったあとで、大学がまた元に戻るとは私には思えません。

[ユヴァル・ノア・ハラリ「年末までに我々は新しい世界を生きることになる」 | 『サピエンス全史』著者がコロナ危機後を分析 | クーリエ・ジャポン]

 

いまの大学は滅びてしまえと思うのは僕も同感ですが(笑)、そういう話ではないですね。

 

ここでのハラリの議論も見当外れなのです。

 

オンライン化を拒むおじいちゃんたちが大学にたくさんいるのは事実でしょう(IT化担当大臣がハンコ議連の会長であるように)。

(官僚たちも優秀ならば素早く完全にWork from homeを実現しろと言いたい。国会も同様です)(情報セキュリティがーとか言うならば、それは民間も同じです)(民間に強制しておいて、自分たちはやりませんで済むはずがないのです)。

 

でも、オンライン化は必然的な流れです。

ジョブズやゲイツはその可能性を発見し、世界を安価につなげ始めたときからその流れは確定した未来です。

 

しかし、一方でそれに対しての反動が起きているのです(それは1990年代から)。

そしてその反動と希少性はますます拡大しています。

ですから、ビジネスをして、社会に機能を果たそうと思っている人がそこを大衆よりに見誤ってはアウトなのです。

 

一過性のInfodemicで流れなど変わりません。

 

[コロナ禍で100万人失業のイスラエルで「農業」が若者たちにブーム | 「ネットフリックス&宅配三昧」の毎日には飽き飽き… | クーリエ・ジャポン]

 

こんなのは一過性のブームで終わります。歴史を知らず、おそらく農業の工業化をしらないか、牧歌的な農村の風景みたいなプロパガンダに頭をやられているのでしょう。「三丁目の夕日」に感動するのと同じです。

 

で、その大きなオンライン化の流れの裏にあるのがオフラインの重要性の増大です。希少性と言い換えたほうが良いでしょうか?

 

いま、にわかで大騒ぎしている方たちは、オンラインに突然にいまさら取り組み、そのテクノロジーの新しさに当てられているだけです(あ、そういえばラガードな「まといのば」もあわててライブ配信をスタートさせました。蓋を開けたら、、、リアル受講生がほとんどでした。それも追加開催をやるレベルで。メンバーの方が未来を行っています)

 

Zoom飲み会なんて、定着しないでしょう(というか、その存在も年末ごろには忘れているでしょう)。

 

 

二極化の底辺がオンラインでつながり、上層はますますオフラインでつながるようになります。(という話は大昔からしているので、メンバーの皆さんには耳タコだとは思いますが)

 

今回「連帯」だとか「協力」と言っている人がいますが(ハラリとか)、そうではなく明らかに小学生レベルの分数の知識が世界には求められているだけです。知性が足りないのです。数字と数字を比較するとか、文字をきちんと読むことから始めるべきでしょう。

 

無知の方のパニックと連帯して、協力したら、地獄への道をまっしぐらです。

 

まずは落ち着いて、正確に数字を読み、抽象度を上げて俯瞰することです。