ケインズとケインジアンは、キリストとキリスト教くらいに分けて考えたほうが良いかもしれません。マルクスとマルクス主義と同様に(^^)
僕自身はケインズの印象が決定的に変わったのは、ケインズの「人物評伝」のニュートン評を読んだときです(ケインズのニュートン評についてはこちらなどを参照してください)
「この人、すごい!」と本気で思いました(いやいや、もともとケインズはすごいのですが)。当時のヨーロッパ世界を席巻していたバレエ・リュス(ロシアバレエ)の踊り子と結婚したのもCoolすぎます。
*かっこ良すぎるケインズ
寺子屋「ゼロからの経済学」でも、受講後に生徒から「マルクスに対する印象が変わりました」というありがたいフィードバックを頂きました。
*貧乏すぎてひげも剃れなかったマルクス
僕らは定型的な方法で偉人たちを理解しがちです。もちろんそれは最初の段階としては悪くないのですが、そこからより深く知る努力は怠らないほうが良いと思います。
深く知れば知るほど、偉人たちというのは魅力的です。
ヴェイユが真に偉大な人々と触れ合うこと以外に意味のあることは無いし、その方法は古典を原書で読むことだ(と若い頃には若気の至りながら考えた)という意味のことを自伝で書いていたことを思い出します。
古典は、偉大な人々から我々へのラブレターであり、命を賭した伝言です。
命を賭して未来にメッセージを残すのは決闘前夜のガロアだけではありませんし、3巻中1巻だけで絶筆となったマルクスだけではありません(余白がないと言ったフェルマーだけでもw)。
ケインズと言えば、美人投票や有効需要、長期的には我々は死んでいる、など人口に膾炙した言葉が多いのですが、ケインズらしいのはやはりアニマルスピリットでしょう!
(引用開始)
人々の積極的な活動の相当部分は、道徳的だろうと快楽的だろうと経済的だろうと、数学的な期待よりは、自然に湧いてくる楽観論によるものなのです。たぶん、かなりたってからでないと結果の全貌がわからないようなことを積極的にやろうという人々の決断は、ほとんどがアニマルスピリットの結果でしかないのでしょう――これは手をこまねくより何かをしようという、自然に湧いてくる衝動です。定量的な便益に定量的な発生確率をかけた、加重平均の結果としてそんな決断が下されるのではありません。目論見書に書かれた内容がいかに率直で誠意あるものだろうと、事業はそれに従って動いているふりをしているだけです。将来便益の厳密な計算などに基づいていない点では、南極探検より多少ましでしかありません。ですから、アニマルスピリットが衰えて自然発生的な楽観論が崩れ、数学的な期待以外あてにできなくなると、事業は衰退して死にます――その際の損失の恐れは、以前の利潤期待に比べて根拠の点では大差ないのですが。
将来に続く希望に依存した事業が、社会全体にとって有益なのはまちがいないことです。でも個人の努力が適切になるのは、適切な計算がアニマルスピリットに補填支持される場合だけなのです。パイオニアたちはしばしば、最終的に損をするんじゃないかという考えに襲われます(これは経験的に私たちも彼らもまちがいなく知っていることです)が、アニマルスピリットの働きがあればこそ、健康な人が死の予想を無視するように、そうした考えも振り払えるのです。
ジョン・メイナード・ケインズ 「雇用、利子および貨幣の一般理論」
(引用終了)
アニマルスピリットとは「自然に湧いてくる楽観論」と定義しています。それは「定量的な便益に定量的な発生確率をかけた、加重平均の結果として」の決断ではなく、「手をこまねくより何かをしようという、自然に湧いてくる衝動」である、と。
端的に言えば、チャレンジであり、蛮勇な冒険ということです。「将来便益の厳密な計算などに基づいていない点では、南極探検より多少ましでしかありません。」と書きます。「南極探検より多少まし」という物言いがケインズらしいです。
しかし、このアニマルスピリットをもちろん貶めているわけではなく、「将来に続く希望に依存した事業が、社会全体にとって有益なのはまちがいないこと」と言います。
これは重要なことです。
逆にアニマルスピリットが衰えて、計算が先に立つ官僚的な組織になると「事業は衰退して死にます」と言います。
ただ不確定な未来における期待も損失の恐れもどちらも「根拠の点では大差ない」とバッサリです。
「絶望の虚妄なるは希望のそれと相同じ」(絕望之為虛妄,正与希望相同。)という魯迅を思い出します(大好きな言葉です)。
しかし、この根拠なきアニマルスピリットが重要なのです。根拠なき楽観が社会を支え、社会には有益なのです。根拠なき悲観よりはマシでしょうし、貧弱な計算だけのむき出しの根拠も有害です。
ただシートベルトを忘れないように、「でも個人の努力が適切になるのは、適切な計算がアニマルスピリットに補填支持される場合だけなのです」と釘を刺すのも忘れていません。
経済学はどこまでも人間臭い学問であると痛感させらます。
ケインズはマルクスが死んだ年に生まれました(ちなみにシュンペーターも)。これはガリレオが死んだ年にニュートンが生まれたと同じくらいに
ケインズと言えば、ハイエクです(追加開催時にはハイエクも話題にのぼりました。ゲーム理論やら需要供給曲線やら、限界革命まで)。ハイエクの母方の従兄弟がウィトゲンシュタインで、ケインズはウィトゲンシュタインと仲良しでした(ちなみにウィトゲンシュタインの同窓がヒトラー)。
というわけで、経済学をちらっと見たあとならなおさら面白いこの二人のラップ合戦で終わりたいと思います。これはちょうど2年前に紹介しました。
楽しすぎます(^^)
気楽に楽しく学びましょう!
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