少年老い易く・・・ | 海へと降りる下り坂

海へと降りる下り坂

旅とサーフィン、音楽、空と海、小説、映画、仕事、、。
書くのはその時脳内を一番占有していること。
しばしば長文、お許しを。

 ここのところ、ちょっと心的に凹みぎみなのだ。
 
 新年になって始めたものの一つはこのブログだが、もう一つ始めたものがある。ある国の言葉を一から学ぶことにしたのだ。時間を年とか月とか、何らかの区切りでもって考えるのはあまり好まないのだが、まあ、「年頭にあたって」などと、どこかの企業の偉い人や何とか会議所のやはり偉い人のようなことを考えるのも、ごくたまにはよかろうと思ったりしたのだ。
 で、ブログはとりあえず続いている(という範疇に入るのか?)。
 問題は、もう一つの語学の方だ。これで気持ちが凹んでしまったわけだ。簡単に言えば「記憶力の低下にボー然として、学びだしたとたん落ち込んだ」のである。見たもの読んだもの聞いたものが、本当に頭に残っていかない。「あれ、5分くらい前に見た字、なんだったっけ?あれ、今、俺、どういうふうに発音したんだ?」。始まるものも始まらない、とはこのことだ。
 もともと子どもの頃から物覚えが速かったらしく(特に言語系)、「賢い子だね」とよく言われてはいたらしい。決して自慢しているわけではアリマセン!現在の自分と過去の自分を相対的に記述する必要があるだけですっっ。 ところが、中学の半ばからさっぱり勉強しない少々横着なガキになっちまい(しゃれっ気ばっかし出ちゃってね)、後はゆるーく下り坂を下り、尻叩かれて嫌々少し上り、という繰り返しで学生を終えたのだから、そもそも自慢にもなりゃしない。社会に出たら出たで、なおさら勉強などには縁遠い。でも、それにしたって地頭はそんなに悪くない、はずだ。ならば今のこの物覚えの悪さはもう、老化、としか言いようがないではないか。これは・・・効くわ。

 人間の脳細胞数は20歳くらいで最高値を示すとのことで、その後はどんどん減っていくんだそうだ。脳の質量自体も当然軽くなるということらしいが、そうなると俺など、人物も軽いが脳も軽いということか?何か一つくらい重いものはないのか?腰か?でもよくあちこち出歩くぞ。

 ちょっと見方を変えてみた。今の僕の脳細胞も20歳から比べれば減っているが、25、6歳の若いヤツだってやっぱり減ってるわけだ。減ってることに変わりはねえじゃねえか!へっへっへ、そーだろ?

 そういう屁理屈を考えるヒマがあったら勉強すればいいのである。やりますとも。これでも僕は意外に本当の本気になったら、意外に続くタチなのだ。脳が減った分、意地でモノにしてやろうじゃありませんか。

 少年老い易く学成り難し、と大昔のエライ人は言った。けれど、俺に言わせれば、違うね。
 おっさん老いたので学成り難し、なのである。だがな、成り難いだけであって、成らん、と言ったヤツはだれもおらぬ。そう勝手に都合よく作り変え、解釈しておく。まだまだ今の俺は少なくともすっかりバカ、というわけではない。さて、脳みその再起動を行おうぜ。

だからさあ、そういうくだらないことを考えているヒマがあったらさ、早く母音と子音くらい覚えなさいね。