藤田五郎とイタタ剣(15)るろうに則忠 | またしちのブログ

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幕末史などつれづれに…

大鳥圭介の『幕末実戦史』に出てくる、大鳥圭介や榎本武揚ら箱館政府軍首脳を取り調べた「小栗」なる人物が、実は小泉則忠のことではないのか、「小栗」は「小泉」の誤記ではないのかという話を前々回したわけですが、実は誤記ではない可能性も考えています。

 

 

そもそも小栗氏は三河以来の直参旗本の家柄で、幕末には小栗上野介忠順という傑物を排出した名門の家柄ですが、小栗忠順を見ればわかるように、代々受け継ぐ偏諱のひとつに「忠」の字があります。そして小泉則忠は無論、その孫も忠澄であって「忠」の字を受け継いでいることがわかります。そのことから、本来は小栗氏だったのが、戊辰戦争の後に小泉に姓を変えた可能性があるのではないかと思われます。

 

 

小栗氏の末葉であったのか、それとも武士の身分を手に入れた際に小栗を自称したのかはわかりませんが、徳川幕府が滅んだのを期に、何か思うところがあって小泉に改姓したというのはあり得る話ではないでしょうか。

 

 

ちなみにその小栗忠順も直心影流(男谷派)であり、島田虎之助に免許皆伝を受けています。

 

 

 

『るろうに剣心』に登場する藤田五郎(斎藤一)は警視庁に勤務する裏で政府の密偵として暗躍する人物として描かれているそうですが、同じ警視庁に勤務し、撃剣世話掛を務めるほどの腕を持ちながら、垢の染み込んだ着物にシワだらけの袴を履くという見すぼらしい格好で植物採集にあちこちに出かけ、しかも奥さんのおいねさんは美人で艶聞が絶えず、しかも警視庁を退職した後に開業した煙草屋も、政府か警視庁のバックアップを受けていた可能性があるなど、むしろ小泉則忠の方がよほど政府の密偵っぽいキャラのように思います。

 

 

しかも、義理の伯父にあたる矢島昌郁とは直心影流男谷派の兄弟弟子であったにも関わらず、そのことを周囲の人に隠していたフシがあったり、ひょっとしたら小栗忠順の一族かも知れなかったり、まったく無名の人物でも、探せばこれだけ面白い逸話があるというのには驚くし、小説や漫画の登場人物にするのに十分な魅力を持った人物だとも思います。和月伸宏先生、番外編でどうですか?(笑)

 

 

さて、実はもうひとつ書きたいことがありまして、それが為に敢えてタイトルに藤田五郎(斎藤一)の名前を入れたのですが、よくよく考えてみた結果、そちらの話は別のタイトルをつけた方がむしろ良いだろうという結論に至りましたので、『藤田五郎とイタタ剣』はここで終わりにしたいと思います。

 

 

話がアチコチ飛んでしまったり、わかりづらかったり、推測が多かったりで色々と反省するべき点もあり、ご批判もあろうかと思われますが、それでもコメント欄は開けません(笑)。

 

〈終〉

 

 

 

【参考文献など】

 

『大鳥神社 神社を中心としたる雑司谷郷土史談』(大鳥神社社務所)

『三島通庸関係文書』~「彌生神社祭典紀事」

『明治の剣術ー鉄舟・警視庁・榊原』(山下素治)

『剣法至極詳伝』(木下寿徳)

『警察年鑑 昭和3年版』(警眼社)

『徳斎山田次朗吉伝』(故徳斎山田師範記念事業会)

『陸軍実戦史』(大鳥圭介)

『明治維新と陸軍創設』(淺川道夫)

『直心影流の研究』(軽米克尊)

『新選組・斎藤一の謎』(赤間倭子)

『史料集成 斎藤一』(伊藤哲也)

『斎藤一 ~新選組論考集』(三十一人会)

『坂本龍馬を斬った男』(今井幸彦)

『神社と御朱印』HP

『皇国武術英名録 四』

『改正官員録』

『剣道範士高橋先生八十年史』