天満屋ちょっとした騒動(2) | またしちのブログ

またしちのブログ

幕末史などつれづれに…


テーマ:
天満屋事件の跡地を訪ねて疑問に思ったこと、その説明の前に、まずはこちらの図面をご覧ください。
 
 
 
 
この図面は『坂本龍馬関係文書』に掲載されている、天満屋を襲撃した陸援隊の斎原治一郎(のち大江卓。後藤象二郎の娘婿)の記憶を元に描いた事件当時の天満屋です。東側が油小路通となります。
 
その油小路通、つまり表通りから見た場合、門(入り口)をはさんで北(右)側に小さめの建物があり、南(左)側に通りに面して横向きに大きめの建物があることがわかります。
 
この図面をもう少しわかりやすいように書き起こしたのが下図になります。
 
 
 
 
 
さらに、北側から見下ろした図がこちら。
 
 
 
 
・・・なんですが、現地に行ってみると中井庄五郎殉難の石碑がある場所(背後にマンション)の北隣に、このような建物が。
 
 
 
おわかりになるでしょうか。中央のやや右寄りに門(入り口)があり、その門をはさんで北側に小さめの家屋があり、南側には通りに面して横向きの家屋が建っています。ちなみに北側は旅館で、南側は美好園というお茶屋さん(明治5年創業)です。
 
おや?天満屋に似てる・・・。
 
そう思って、グーグルマップで上空から同地を見たところ、なんと美好園さんの裏には庭があり、その中心部に離れまであるのです。まさに当時の天満屋の造りそのものではありませんか。
 
これは一体どういう事だろう。ひょっとしたら、龍馬暗殺の地・近江屋が、実は碑が立っている場所ではなく、その隣だったのと同じく、天満屋も実はこっちだったという事なんだろうか・・・。
 
もしそうだとしたら、新選組と海援隊・陸援隊が戦った建物が(建て替えられているとは言え)、当時の配置のまま残されている可能性があります。これは一度きちんと調べてみる価値がありそう・・・・・・。
 
 
と、思ったのですが・・・・・・・・・。
 
 
 
 
 
ちなみに天満屋事件に関して、むかしまとめたものがあります。もし興味とお時間があればどうぞ。(それぞれクリックすれば該当ページに飛びます)

 

天満屋騒動(1)はじめに

天満屋騒動(2)龍馬死す

天満屋騒動(3)三浦休太郎

天満屋騒動(4)一議にも及ばず

天満屋騒動(5)祇園一力の襲撃

天満屋騒動(6)その日

天満屋騒動(7)新選組天満屋に入る

天満屋騒動(8)刺客団起つ

天満屋騒動(9)天満屋を再現する

天満屋騒動(10)三浦休太郎帰る

天満屋騒動(11)そこもとは三浦か

天満屋騒動(12)GUN

天満屋騒動(13)策

天満屋騒動(14)闇

天満屋騒動(15)二の策

天満屋騒動(16)中庭の死闘

天満屋騒動(17)逃走

天満屋騒動(18)終焉

またしちさんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

Ameba人気のブログ