(2004年2月に書いたものです。)

 ヤフーBBの顧客情報が460万人分流出したという報道がありました。
 この件について発表されている報道を見ても、どうにもはっきりしなくてもどかしい感が拭えませんが、とりあえずは今後の捜査を待ちたいと思います。

 ところで、この460万人分もの個人情報ですが、DVD1枚に納まっていたといいます。
 しかし、この事実に対して、驚いていいものか、それとも、当然のこととして受け止めるべきか、こちらも、もどかしい感がありました。

 この460万人分の個人情報という数字の大きさと重要性、それに対し、たかだか1枚の単価が数千円のDVD1枚とが、心情的にはどうにも結びつかないのです。
 技術的には確かに可能だろうということも十分理解できてしまう事が、かえってこのもどかしい感覚に拍車をかけています。

 「実は、僕自身はデジタルに対してあまり信用を置いていないのです。」
 数年前、職場のデジタル化を進めるための会議で僕はこう発言しました。僕は職場の中では比較的コンピュータ等に関しての知識がある方だと思われていましたので、僕のこの発言は意外だったようです。
 結局、デジタル化の流れを変えることはできないが、できる限り慎重に進めるということで話がまとまりました。

 考えてみると、僕がヤフーのニュースで感じた「もどかしさ」と、職場で発した言葉の根底にあった感情とは、共通したものがあるようです。
 それは、一言で言えば「バランスの悪さ」です。
 重要性が非常に高い情報が、かくも容易に処理されてしまいます。
 それは確かに便利になった面もあり、歓迎すべき点もあるでしょう。
 しかし、便利で容易になった分だけ、逆の意味でのリスクも増大しています。
 その象徴が、ヤフーの事件での『「460万人分の個人情報」=「DVD1枚」』という構図ではないでしょうか。
 
 僕個人の考えでは、この両者が等号で結びつけられるようではやはりまだ「情報化社会」はとても万全とは言えない。
 便利さと容易さの増大は、同時にそれと同等のリスクを生み出すと言うことを、もう少し企業も社会も自覚したほうがいいと思うのです。

 (追記:先日来、みずほ銀行の株の誤発注事件が騒がれています。16分間に300億円の損失といいます。この文章の最後の一文を、企業や社会が自覚していないとは思いませんが、どうやら、対処が追いつかない現状があるような気がします。まるでブレーキの壊れた車で下り坂を走っているようです。人々の意志とは無関係に、社会がどこかにぶつかって大破しなければ、もはやこの社会は止まらないのかもしれません。)