侮辱されたままでいいのか
 スケジュールどうりというか、来春に向けた16年春闘が〝始動〟した。

消費増税や食料品の値上がりなどで労働者の賃金水準が低迷から抜け出せない。こうした中、動きが目立つのが安倍首相による経済界に対する賃上げ要請だ。アベノミクス第二ステージを掲げる安倍首相にとって、賃上げによる消費の拡大やそれを契機とする経済成長をめざしているからだ。しかし安倍政権で具体的な数値が直接目に見えるのは、法人税引き下げなど大企業向けのものばかり、賃上げはあくまで〝お願い〟に過ぎない。

 安倍首相の言動はともかく、賃金底上げの課題は本来労働組合の役割のハズだ。とはいえ、春闘の主軸を担う民間大労組の動きは、はじめから腰砕けの様相だ。賃金のみ成らず、働く環境を抜本的に改善するためにも、先行きを見据えた労組の根本的な立て直しが急務だ。

◆官制春闘

 安倍首相は11月26日、官民対話で3年連続で経済界への賃上げ要請を行った。これはアベノミクスの三本の矢に関わるもので、景気回復と経済成長に賃上げは欠かせない、という立場からのものだ。ここ数年の春闘では、こうした安倍首相による賃上げ要請だけが目立ち、またも〝官制春闘〟といわれる構図だ。

 対する労働組合の中央組織、連合はどう闘うのか。連合が掲げる賃上げ要求はベースアップ「2%を基準」だ。アベノミクスがいう「3%程度の継続的な賃上げ」にも及ばない要求で、満額回答でも昨年のマイナス分を取り戻すことも出来ない。しかもそれは輸出などで莫大な利益を上げている大企業だけ。中小企業の労働者やいまや4割に達した非正規労働者の賃金水準改善につながるかどうか心許ないのが実情だ。

 それらを気にして、連合は中小や非正規労働者との格差縮小も目標に掲げてはいる。が、それも過去の経験から言えば、実効性に疑問符が付く。
 実際、連合の主力労組である金属労協に至っては「ベア3000円以上」という要求額。これは月例賃金の1%程度でしかなく、昨年の半額だ。はじめから闘い取る姿勢などまるでない。この額は、企業が実際引き上げても良いとする水準でしかなく、企業の手のひらのうえでの春闘という以外にない。

 話を戻して、安倍首相が言う賃上げによる景気回復はどういう代物なのだろうか。例のトリクルダウン論によれば、大企業が潤えば自ずとそれが下層にしみ出してゆき労働者や生活者に届いていく、というものだった。ところが現実には利益は大企業に止まり、実質賃金は引き続き低下しているのが現状だ。実際、実質賃金指数は、2010年に比べて82%台に大きく落ち込んでいる。消費増税前の13年(8月)と比べても、15年(8月)は2・7%落ち込んでいるのだ。企業がため込んだ内部留保は、いまや450兆円にも達しているにもかかわらずだ。

 こうした構図で、果たして安倍首相による要請が現実のものになるのだろうか。これまでの経験から言えば、安倍首相の賃上げ要請はパフォーマンスに過ぎず、大企業の賃上げはそこそこに止まり、中小や非正規労働者は、これまで通り厳しい現実から脱することが出来ない、という管理春闘に終わるだろう。

 安倍首相による賃上げ要請などは、官制春闘の土俵のうえでのやらせ、出来レースに過ぎない。労働者は、自力で賃上げを闘い取る以外にないのだ。

◆当てにならない連合

 安倍首相による賃上げ要請ばかり目に付く春闘。組合応援団などと喜んではいられない。そこで侮辱されているのは、私たち労働者、労働組合なのだ、と受け止めるべきだろう。賃金は、雇用や権利と並んで労働組合の最大の課題の一つなのだ。

 ところが発足以降、連合の闘いで賃上げを勝ち取ったことは1回もない。生産性基準原理と支払い能力論を掲げる経団連に封じ込められてきたのが現実だ。現に、バブル崩壊以降ほぼ20年間、労働者の賃金は下がり続けてきている。

 連合は、1989年に当時最大勢力を保持していた総評を解体することで発足した経緯が示すとおり、企業内組合が連合して生まれた。はっきりいえば、労使協調、御用組合の連合体でしかないのだ。

 御用組合の役割は、労使関係の各段階でそれなりの違いが出る。まともな組合が中軸でがんばっている段階では、穏健派を形成し、「企業あっての労働組合」など労使運命共同体の立場から、会社派組合を作ったりする。むろん、会社のテコ入れ、後押しのもとでだ。個別の企業内組合を御用派で多数派を占めて組合を支配したあとは、各産別あるいはその全国組織で多数派を握る。そのようにして御用組合は民間労組をはじめとして労働界を支配してきた。その間の主張や立ち位置は、程度の違いはあっても会社べったりで露骨なものだ。それが連合結成に至るまでの御用組合の姿だった。

 一旦、左派やまともな組合を少数に追い込んだり壊滅させれば、その後は多少、労働者の利益を掲げるところも出てくる。それだけ組合の支配基盤が安定したからだ。が、最優先なのは、企業内の安定した労使関係、要は企業に従属した労使関係の維持だ。不満の拡がりを押さえ込むための〝あめ玉〟も企業が渡してくれる。

 こうした連合の実権は、個別単位組合(単組)にある。組合員への指導権、組合資金の多さでもそうだ。これに対し連合は、労働組合の中央組織としてマスコミなどの批判の目に晒される。したがって、注目を集めるテーマでは、一定程度、労働者の利益を擁護する姿勢を取らざるを得ない。実際、連合でも、格差問題や女性差別など、脆弱ながらも改善要求、改善の取り組みもしている。とはいえ、原発問題や法人税問題、TPP問題など、産業界や個別企業が執着するテーマについては、産業界や個別企業の擁護に廻るところにその性格が如実に表れている。

◆労働組合の立て直しが急務だ

 連合などの大企業労組が当てにならないいま、立ち上がっているのが個々の労働者や自立したユニオンなどだ。そうした場面では、これまでも様々な成果を上げてきた。

 この12月8日に東京地裁で和解した「居酒屋チェーン和民」で起きた過労自死をめぐる裁判もそうだ。08年に自殺に追い込まれた女性の家族や支援者による永年の闘いで、ワタミグループの総帥で参院議員の渡辺美樹に全面的な責任を認めさせた。遺族には高額の和解金を支払うほか、同時期の新人社員にも未払い残業代などを支払うというものだった。

 和民はこの件も含めて、いわゆる〝ブラック企業〟批判の声や客離れが拡がって、経営危機に陥っていた。それまで責任を一切認めてこなかった渡辺美樹だが、事業破綻の影が差すことでやっと責任を認めたことになる。労働基準法も無視して労働者を死に追いやったり、あるいは使い捨てにするような企業は、事業の存続さえも脅かされる。被害者の家族と支援者による永年の闘いで、このことを経営者側に思い知らせる成果を上げた。

 実際、同じようなブラック企業は多く、他にも〝ブラックバイト〟と批判される、働くものの権利や闘いの手段に不慣れな若者を食い物にする企業も多い。牛丼チェーンの「すき家」では、〝ワンオペ〟と称する過酷な1人深夜労働もやり玉に挙がり、〝連帯離職〟も一時拡がった。泣き寝入りすることなく、はじめは孤立した闘いでもやがては支援者や支援の声も拡げることで、闘いに勝利することが出来る。今回の勝利は、他にも波及する普遍的な意味を持つ闘いとなった。

 とはいえ、過労自殺という犠牲者を出してしまってからの裁判での勝利に喜んでばかりではいられない。まともな労組があれば、過労死、過労自殺が発生する以前に職場状況を改善することも出来る。現に、飲食業などサービス業でも、少数ではあるが各地の自立ユニオンなどの支援を得て立ち上がっている人たちもいる。ひとりが立ち上がった時、あるいは少数者が立ち上がった時、それを支援する勇気や習慣を拡げていく必要がある。自分が、あるいは仲間が犠牲になる以前から、自律的な組合を結成するなど、闘いを拡げていくことが必要だ。

 大企業であれば、個人で公然と御用組合にたてつくことは困難だろう。個々の問題提起や少数の仲間作りから始めることも必要だ。そうした職場では、短期間での奮闘でことが前進することは少ない。辛抱強い,気長な取り組みが認められる世界なのだ。しかしそれは必要不可欠な営みなのだ。

 法人減税、消費増税、消費者物価の上昇、実質賃金の目減りが続く。賃上げは労組の力で闘い取るもの、連合の刷新、ユニオン運動の強化・拡大、それらの連携が急務だ。(廣)


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◆連合幹部の出自

 連合の指導者がどういう存在なのか示す興味深い発言がある。11月末から週1回の連載で、連合5代会長を務めた高木剛氏の「証言」が朝日新聞に掲載されている。そこでは普段はあまり表面に現れない、連合指導者の貴重な〝出自〟を垣間見ることが出来る。

 高木元会長は東大卒で、旭化成工業(現旭化成)にエリート社員候補として入社している。労組活動に専念するようになったのは、たまたま宮崎県延岡市の工場での勤労課勤務時代に労組から声がかかったことによる。少し長くなるが引用する(11月30日)。
──以下、引用──
 「(旭化成工業で)最初の配属は工場の勤労課。工場内の人事・労務担当みたいなもの。工場内の組合の窓口でもあった。2年ぐらいしたころ、本部の書記長だった米沢隆さん(後の民社党委員長・民主党副代表)が来て、『君に来てもらうことになったからね』とだけ言って帰った。米沢さんの顔は町のおでん屋で見たりしよった。
 組合が『あの工場によさそうなやつがいる』って労務をつうじて頼んでいて。本人を口説く前に決めちゃっている。自分が専従になるなんて思いも寄らなかった。最初は4年、あるいは6年という話だった。何のことはないそれが30年、40年じゃ。結婚したのは入社して2年後。専従になる前だった。嫁さんは今でも言うよ。『何で組合に』って。『巡り合わせじゃないの』って言うけど。」──引用終わり──

 ふつう、計算高い組合幹部はこういうことは言わない。謙遜というか正直というか、普通は隠す自分の出自をしゃべってしまった。要は、勤労課で組合対策などの部署で働いていた東大卒の準エリートを,組合が会社とつるんでスカウトしたわけだ。

 「準エリート」といったのは、東大卒などの学卒のなかでトップクラスのエリートは会社の出世コースに組み込まれる。そうではない二番手グループの中で労組と会社に都合がよいものが、別の活躍=自己実現の舞台をあてがわれて組合の専従になる。民間大企業の御用組合ではあたりまえになった組合幹部のつくられ方だった。むろん本人は、それが異常だともおかしいとも何とも思っていない。日本的企業内組合の堕落の深さを想わずにはいられない。

 高木氏は続けて言う。

 「私がよく言うのは、組合の専従には,必須が4科目ある、ということ。一つは団体交渉で労働条件を良くする.一つは組合を作る組織化。もう一つは合理化対策、その究極は倒産問題。そして最後は政治活動。どれもやだ、というやつはやめろ、と。選挙活動は嫌だが、おいしいものだけよこせというのは通じない。」
一見もっともらしいが、実はここで言及していない連合幹部の最も重要や役割を、高木氏は隠している。それは職場内に労使協調秩序に逆らう異端者や左派的分子が生まれることを防ぐこと、である。既存の大手製造業を牛耳る大労組のほとんどすべてが、その出自からそうした役割を担ってきたのが実情なのだ。

 連合幹部のこうした出自は、他にも多い。鉄鋼労連委員長から連合会長になった第三代会長の鷲尾悦也氏も東大卒の同じような経歴で、今年新会長になった神津里季生氏も東大卒業後、新日本製鐵株式会社入社した経歴を持っている。いはば連合会長は、準エリートの指定席の様なものだ。(廣)
(ワーカーズ2015/12/15より転載)