人の人生にはターニングポイントとなる体験や出会いがある。それと同じように僕の受験にもある地点でのターニングポイントと呼べるものがいくつかあった。


ターニングポイントの多くは、たいていもがき苦しんでいる時にやってくる。苦しみの中にいる時、僕たちは何か解決の糸口を暗闇の中で探し求めている。暗闇の中だからこそ、心や体にアンテナを張り巡らせ些細な光に気づこうとする。いつかそこに何らかの形で光が注いだ時、まさにその瞬間がターニングポイントとなる。


僕にとってのターニングポイントのひとつは、入試本番の1ヶ月前、202312月に突然現れた。しかもそれは宮崎駿のドキュメンタリー番組をテレビで見ていた時だった。


当時僕は入試1ヶ月前という状態にも関わらず非常に苦しんでいた。ここまでのブログにも何度も出てきているあの'数学'に苦しんでいた。4科目あるうち数学以外の3科目にはある程度の自信があったが、数学だけはなぜか壁を越えられずにいた。数学だけいつも模試の結果が振るわない。シンプルに点数が取れなかった。正直、内容の理解に関しては素晴らしい先生に教わっていたこともあり感覚として不足感はそれほどなかった。それ故に、理解はできているがなぜか点がとれないという状態がとてももどかしかった。


何かが欠けている。しかし一体何が欠けているのか。

その何かがわかったら猛烈にそこにコミットすればいいが、輪郭の見えない課題にふとした瞬間にネガティブな気持ちになったりした。なぜ、なぜ、なぜと毎日問いかけた。

1ヶ月前でこういう状態だ。もうここから追い上げることはなかなか厳しいのではないかという不安も出てきた。数学以外の3科目で相当稼がないとなという一か八かの策も頭にでてきた。そんな甘い世界ではないのは分かりつつ、そう考えることしかできなかった。


12月のある日に模試が他県であったため、模試を終えそのままホテルに泊まっていた。この日もやはり手応えがなく、ボーっとして気を紛らわすためにテレビをみていた。ちょうどその時チャンネルを回して目にとまったのが、先述した通り宮崎駿のドキュメンタリー番組だった。表現者としての宮崎駿の言葉や作品はすごく好きだったから、なんとなくそのまま番組を見ていた。


その時初めて知ったのだが、宮崎駿には通称パクさん(高畑勲)という師匠がいた。パクさんはすでに他界されているが、宮崎駿はその影響を受けすぎたあまりにパクさんの影を引きづり、自分自身のオリジナルな作品を作り出す難しさと葛藤に苦しんでいた。その作品作りの一部始終が番組全体を通して映されていた。宮崎駿は『君たちはどう生きるか』という映画にパクさんを模したキャラクターを登場させ、本当の意味での別れを告げる。詳しくはそのドキュメンタリーをYouTubeで見てほしいが、この映像の途中で僕は宮崎駿とパクさんが交わした会話の中でターニングポイントとなる言葉に出会った。


パクさんの弟子になった当初、宮崎駿は主人公含め登場するキャラクターの顔を泣いているような悲しい顔で表現していたらしい。ストーリーもエンディングは悲劇ばかりだった。それを見たパクさんは宮崎駿にこう怒った。

"泣き顔にするな"

宮崎駿の言葉を借りると、パクさんは"自己愛、弱者のナルシズムが最も嫌なもの"としていたという。


自己愛、弱者のナルシズム


これらの言葉に僕は心臓を撃ち抜かれたような気分になった。そしてハッとした。僕は"数学ができない"という状態に弱者としてすがりついていただけだったのか。悲しみを嘆き、周りに伝えることで同情を買う、そうやって自分を守っていた。これは究極の自己愛であり弱者のナルシズムであった。つまり僕は数学ができないという世界の中でずっと嘆いているだけだった。

その時はっきりと自覚した、僕に足りないのは精神の超越だ。自分は数学がどうせできないとか、そういう潜在的な思い込みが思考の回路にストップをかけていたのだと思った。



残り1ヶ月、僕には二つの選択肢が残されていた。今の延長線上で、今いる世界でそこそこの成長を積み重ねるのか、それともビックウェーブの流れに飛び込んでこれまでと違う次元の世界を体験するのか。

これは精神や意識の話ではあるけれど、人が自分の殻を破るために避けては通れない部分だと思う。感覚的な話だから伝えるのはとてもむずかしいが。

とにかく僕は今までの自分を捨てることにした。積み重ねるとかそんな生ぬるいことをしている暇はなく、とにかく僕自身を次の世界に放り投げるような精神の超越が必要だった。

数学と向き合う際には、下からそれを眺めたりせず、数学と同じ目線で堂々と向き合う。精神や意識を常に高く設定して超越の日々を繰り返した。


面白いことにそれから解ける問題が徐々に増えてきた。次の世界が自分を迎えてくれるような感覚だった。自分は今ビッグウェーブに乗ってるという実感と共に、(とはいえ淡々と)入試に向けて準備を進めた。

本番の入試では、僕は結果的に数学で十分な点数を取ることができた。約3年の受験期間を振り返っても、最後の入試の日が最も手応えのある日となった。




話をまとめると教訓は二つある。


一つ目は自分の殻を破るためには知識を得るだけでなく、精神の超越が必要だということ。自分の潜在意識を切り捨て、弱者としての立場を排除する。そうすることで僕たちはまっさらな状態ではじめて難題と同じ目線で向き合える。本当の勝負はそこから始まる。


二つ目はテレビを見ること。これはある意味冗談で、ある意味確信をついている。時には日々のルーティンから外れて違うことをしてみることで、僕らが探し求めていることのヒントが見つかるかもしれない。諦めずにアンテナを張っておけばそういう出会いは生まれてくる。


潜在的に僕らの挑戦を止めているものは何か。それは自分自身や他人からのレッテルであり、それらを越えなければ一生ゴール地点には辿り着かないのかもしれない。僕はもっともっと遠くへいきたいという願望がある。だからこそ自分を低く見積らない。堂々と同じ目線をキープすること。

成功していく人というのは常に強者であること、そういうことをこの受験で改めて感じた。