梅ヶ丘のなんとか公園にて、梅祭り。一時間強歩いて、バスで阿佐ヶ谷へ。彼女はほんとうに可愛い、と実感。

ホルモン焼き肉「ぶち」にて腹がまさにぶち割れるほど肉を貪り、飯を食い、彼女を愛した。執拗に何度も。

そして、食欲・性欲を満たしたあとは、また食欲である。帰り道、高田馬場で博多ラーメンを逝ってしまった。乙

銀座という地、文人墨客が通ったという逸話。それが美味く、居心地のよい店を意味するものではないと学習。

まさに「鳥ぎん」に他ならない。味は大したことない、値段も普通。店員の態度は至極悪く、人に勧められない。

なにが天下の「鳥ぎん」かと。コンビニ売りのナトリの焼き鳥の皮でもチンしたほうがまし。ほんと名前負け…

「納豆」「味噌汁」「白飯」。この三つの文字が並んでいるだけで腹が鳴り、涎が口中からあふれ出してしまう。

理屈も作法も不要。醤油が先だの、混ぜるが先だの、うるさいうるさい。ガッとぶっこんで、ガシガシかき回す。

白飯にぶっかけ、ガツガツ食う。味噌汁で流し込む。そしてまた食う。ねばねばと糸をひかせて、飯が食いたい。

中上健次「紀州」読了。「穢れ」として社会の陰に実在する差別。これをなくすことは天皇を引きずり降ろすこと。

貴賤の「賤」のみ消し去ることなど不可能だ。にもかかわらず、権力が「賤」のみを消し去ろうする荒唐無稽さ。

徹底した隠蔽により部落の記憶はボヤけ、そしてモンスター化する。そして似非同和が跋扈する。暴力と共に。

国家の転覆・崩壊・独立の現実をメディア越しにいくつも見てきた。日本だけが例外であると言う根拠はない。

このリアリティーを「晴れの日に傘を持つ気違い」とバカにされたのはニーチェだ。国の根拠は信頼と幻想のみ。

バカ警官の制服が、恥辱の象徴になる日は必ず来る。税を毟り私物化した官の首が民衆に晒される日もまた。

約束から1時間以上遅刻して、彼女が家に来た。オートロックをマスターしたようで、いきなり玄関先に現れた。

都電早稲田駅を出て、荒川遊園地へ。観覧車に乗り、動物園や釣堀を楽しみ銀座へ。焼き鳥の有名店「とり銀」

のクソったれぶりを横目に神楽坂のおでん屋へ。なかなか60点の店。驚くほど美味くもないが、まあ…まあ…。

小社は広告も作ってる。ということは、私も時には作るのだ。というか労力の6割近くを使いクソ広告を作ってる。

バカ客を説得できないアホ代理店の言いなりで、死ぬほどつまらないクソ広告を作る。なんと憂鬱なことか…。

バカ社員は企画書を読まない。もちろん構成案も読まない。ガンガン主旨がそれる。締め切り日が戦場になる。

著者は『幻獣ムベンベを追え』のルポライター高野秀行氏である。家賃1万2千円の野々村荘を舞台にした、

主役・住民(奇人変人)のドタバタ日記といったところ。平成の世に、まだこんな下宿があったのかと思わせる

なんとも痛快な本。単なる貧乏自慢でもなく、負け犬の遠吠えでもなく、すべてが程よい本書、オススメです。

「カメラマンとライター手配しました。タレントのスケジュールOKです。」使えない編集者の典型だ。

場所の確認、タレントの服の色、ライターへの企画の説明…やることは無限にある。なのに外側だけなぞれば、

上記のような仕事だけで終わる。こういうのがいると、本当にこの会社で働くのがイヤになる。死んでホシイ。

先週日曜、知人のライブに出かけた。むろん可愛い彼女もいっしょだ。中野でレンズを買い、その足で渋谷へ。

なかなか歩いたもので、その距離約7~8キロ。シブヤ屋根裏に着いた頃にはなかなか疲労。で知人のライブは

何というか、ぶっちゃけてしまうと、もう結構ですという内容。反権力の魂の欠片も感じられない大衆迎合歌謡。