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ベートーヴェンの革新的作品

では、どのような革新を行ったか。いくつかをピックアップしましょう。紙面上ここでは交響曲に限ります。この様なベートーヴェンに関しては専門書がたくさんありますので、多くはそちらに委ねます。ウィーン古典派以降の作曲家にとって最も重要な音楽形式である交響曲は、ハイドンによって完全な形にされました。基本は4つの楽章でもって一つの作品とし、1楽章は序奏をもつソナタ形式、2楽章にはアンダンテ、3楽章にメヌエット、4楽章にフィナーレを飾るロンド形式といった構成です。

交響曲第1番の冒頭の和音を見てみましょう。調性はハ長調です。これまで説明してきたように曲の最初は主和音であるべきでしたが、ベートーヴェンはサブドミナント(ファ--)に減7度をつけたサブドミナントのドミナント…ややこしいですね。つまり主和音のド--ソをド---シ♭にしたのです。

するとどうなるか。いきなり減7度を含むドミナントの不協和音から始まる音楽は、聴いている人にいったい何が起こったんだ?と予測のつかない斬新さを与える効果があります。あたかも曲の途中から演奏が始まったように聞こえます。人によっては「もしかして今セカンド・クラリネットの人、音間違えなかった?ニヤ(^^)」ともなりかねません。クラリネットは通常A(もしくはB♭管)の移調楽器なのですが、ベートーヴェンの第1番は珍しくin Cで書かれているのですから。この第1番の交響曲の初演は残念ながら聴衆や批評家が斬新さについては来れなかったようで新聞による批評の反応は今一つだったそうです。このような残念な結果は以降も続き、第3番をはじめあの第9番も初演当初は芳しくなかったのです。

なお、減7度による開始は弦楽四重奏曲第3番(3番だが最初に書いたもの)の冒頭でも使われています。

 次に、有名な運命交響曲の最初のジャジャジャジャーンですが、クラシックファンにとっては当たり前の知識ですが、実は最初の音型は8分休符から始まるのです。8分音符3つの三拍子の音楽ではないのです。しかもハ短調の曲ながら、ソソソミ♭であり主和音の根音であるドが使われていないのです。主和音(主音)から始まるべし、という当時の常識からすると、ベートーヴェンはまったくもって常識破りの常習犯となるわけです。

 おなじく運命交響曲で、他にもベートーヴェンはいろいろなアイデアを盛り込みます。トロンボーンを始めて交響曲で使います。ピッコロやコントラファゴットもオーケストラのメンバーとして仲間入りしました。楽章の構成についても、第4楽章の中で第3楽章のスケルツォの旋律を回顧的に挿入しました。こうすることで楽章の関連性や曲の有機的な統一を図ることになります。そして、なによりも初めて第3楽章と第4楽章をつなげてしまったことが、この曲の最大の効果的な革新でしょう。第3楽章から第4楽章の勝利のテーマへの高揚感が見事に表されています。ベートーヴェンの交響曲には、もう過去の機会音楽のような儀礼的な目的ではなく、思想や哲学が音楽として表現されるようになりました。この曲も苦悩から勝利へつながる人生ドラマを音楽において最高の方法で表したといえます。

 交響曲第6番「田園」も大変有名な曲です。自然を描いた、というより自然から受けた感情を描いた交響曲と本人は言ったそうです。とはいえ、雷鳴や鳥の鳴き声、小川のせせらぎのような自然音の描写もあります。ウィーン郊外の葡萄畑の広がるハイリゲンシュタットの農村で自然を楽しみながら書いたそうです。ハイリゲンシュタットにはベートーヴェンが通ったホイリゲ(酒場)や田園交響曲の着想を得た小川(Schreiberbach)と散歩道(Beethovengang)、遺書を書いた家などが点在します。ぜひ一度、ウィーンにいったら立ち寄ってみてください。

余談はさておき。この曲で、ベートーヴェンは従来の4楽章形式という固定概念にとらわれず5楽章という構成にしました。この拡張はより自由に音楽にストーリーを持たせる結果となり、また、これまで絶対音楽という形式美や構造美が重要であった交響曲に、「あ、描写や心情をとりいれてもいいんだ!」という新たな道筋を作ったことになりました。これは後の交響詩につながると言え、R.シュトラウスやリスト等により数々の名作が生まれることになります。

最後の第9番の交響曲「合唱付き」については、皆さんご存知の通り交響曲に声楽が取り込まれた例です。合唱とオーケストラの組み合わせ自体はミサ曲やカンタータなどがあり当時としても特に目新しいことではないですが、交響曲という形式に「あ、声楽を使ってもいいよね!」という、絶対音楽に歌詞を付けることを開放し、感情や思想をより直接的に伝えることができるという門戸を開いたことになります。

などなど、ベートーヴェンが行った数々アイデアは後世の作曲家に影響を与えました。初めてメトロノームによる速度記号を楽譜に書きました。しかし、巨匠ベートーヴェンであっても、唯一オペラのジャンルでは決して成功したとは言えず何度も失敗して書き直して「フィデリオ」や「レオノーレ」といった作品はしばし上演されますが、他の器楽曲に比べれば存在は薄いといえます。

 

参考文献 

# ベートーヴェン, 大築邦雄, 音楽之友社, 1962

# 図説ベートーヴェン 愛と創造の生涯, 青木やよひ, 河出書房新社,1995

# ベートーヴェン, 作曲家人と作品シリーズ, 音楽之友社, 2012