万葉集から


山部宿禰赤人の歌、六首



一首


繩の浦ゆ 背向に見ゆる 沖つ島

漕ぎ廻る舟は 釣しすらしも


なはのうらゆ そがひにみゆる おきつしま

こぎみるふねは つりしすらしも


繩の浦の向に見える沖の島を漕ぎ廻る舟は釣りをしている


別の詠みをすれば


「なはのうらゆ」は「繩の浦」

「そがひにみゆる」は「背が日に見ゆる」と、朝早く

「おきつしま」は「起きつし今」と、起きたゐまき

「こぎみるふねは」は「扱き海松夫ねは」と、海藻を毟り取る水夫は

「つりしすらしも」は「連りしすらしも」と、仲間でするらしい


朝早くに仲間と海藻を採っている



二首


武庫の浦を 漕ぎ廻る小舟 粟島を

背向に見つつ 羨しき小舟


むこのうらを こぎみるこぶね あはしまを

そがひにみつつ ともしきこぶね


武庫の浦を漕ぎ廻る小舟、粟島を背に見つつ羨ましい小舟


別の詠みをすれば


「むこのうらを」は「武庫の浦を」

「こぎみるこぶね」は「扱き海松此夫ね」と、海藻を取る水夫

「あはしまを」は「彼は島を」と、彼の領域を

「そがひにみつつ」は「背が日に見つつ」と、朝日の中に見つつ

「ともしきこぶね」は「求も頻く此夫ね」と、探し求め続くけている水夫


彼の漁場で海藻を採っている



三首


阿倍の島 鵜の住む磯に 寄する波

間なくこのころ 大和し思ほゆ


あべのしま うのすむいそに よするなみ

まなくこのころ やまとしおもほゆ


阿倍の島の鵜が棲む磯に寄せる波が絶え間ないこの頃、大和を思う


別の詠みをすれば


「あべのしま」は「遭へ乗し今」と、出会ったことを記載する今

「うのすむいそに」は「兎の棲むい其に」と、兎が棲む処に(山の方に)

「よするなみ」は「寄するな海」と、寄せる波

「まなくこのころ」は「間無く此の此ろ」と、間もなく此処に

「やまとしおもほゆ」は「山と為思ほゆ」と、山となったと思う


津波がやってきたから山に逃げることを詠んだ



四首


潮干なば 玉藻刈り蔵め 家の妹が

浜づと乞はば 何を示さむ


しほひなば たまもかりつめ いへのいもが

はまづとこはば なにをしめさむ


潮が引いたら玉藻を刈り詰める、家の君が土産を尋ねたら何を与える、玉藻を土産にあげよう


別の詠みをすれば


「しほひなば」は「癈ほ火なば」と、勢いが弱まった火になったら

「たまもかりつめ」は「玉殯積め」と、丸いもの(芋)を置き詰め

「いへのいもが」は「い上の芋が」と、上の芋が

「はまづとこはば」は「食まづと強ば」と、食べると堅いが

「なにをしめさむ」は「何食しめさむ」と、何にも勝り食べる


焼き芋を食べることを詠んだ




五首


秋風の 寒き朝明を 佐農の岡

越ゆらむ君に 衣貸さましを


あきかぜの さむきあさけを さぬのをか

こゆらむきみに きぬかさましを


秋風が寒い明け方の朝の佐農の岡を越える君に衣を貸したい


別の詠みをすれば


「あきかぜの」は「秋風の」

「さむきあさけを」は「寒き朝明けを」と、寒い朝に

「さぬのをか」は「さ寝の男が」と、共寝する男が

「こゆらむきみに」は「小揺らむ君に」と、少し揺れ震える君に

「きぬかさましを」は「衣嵩増しを」てと、衣を重ね掛けた


朝の冷え込みに衣を掛ける気配り



六首


みさこゐる 磯廻に生ふる 名乗藻の

名は告らしてよ 親は知るとも


みさごゐる いそみにおふる なのりその

なはのらしてよ おやはしるとも


鶚がいる磯の辺りに生える名乗藻のように名乗ってよ、親が知るとしても


別の詠みをすれば


「みさごゐる」は「み産子居る」と、産んだ子がいる

「いそみにおふる」は「出ぞ身にお触る」と、産後の身で子を背負う

「なのりその」は「汝乗り其の」と、汝が乗る其の

「なはのらしてよ」は「名は告らしてよ」と、名前を言ってみて

「おやはしるとも」は「親は知るとも」


この歌は、卵を産んだ母鳥が卵を温めることを詠んでいるのだから、歌の中の「汝」は「母鳥」、「子」や「其」は「卵」を意味する



また或る本には、似た歌がある


みさごゐる 荒磯に生ふる 名乗藻の

よし名は告らせ 親は知るとも


みさごゐる あらいそにおふる なのりその

よしなはのらせ おやはしるとも


鶚居る荒磯に生える名乗藻の良い名を教えて、親は知っていつでも


別の詠みをすれば


「みさごゐる」は「み産子居る」

「あらいそにおふる」は「新居そにお触る」

「なのりその」は「汝乗り其の」

「よしなはのらせ」は「良し名は告らせ」

「おやはしるとも」は「親は知るとも」


六首目の歌と同じ意味なので、省略