泥の箱船 | 京都のイラストレーター・米光マサヒコの一期一絵。

泥の箱船

「失礼します」

わざとよそよそしいノック音をたててから、クロカワミユキは監督室に入っていった。
監督に呼ばれる時は、決して良い話ではないし、ましてや野球の話ですら無いことを
この2ヶ月で彼女は悟っていた。

前監督、ヤナギダ ハルノブが健康上の理由で突然辞任し、
その後任としてオーナーが指名したのが、2軍コーチだったコンドウ ノブオである。

なぜ?

この抜擢にチームは少なからず動揺した。
しかし、シーズン終盤を迎えリーグ首位を独走しているチーム状況から
声を上げる者は居なかった。
そしてゆっくり、ジワジワと誰も気付かない奥底から何かドス黒い変化が始まっていった。

「クロカワなぁ、チョップス戦なぁ、ちょっと、アレしろやぁ、」

「は?」 

クロカワ ミユキは一応理解できない〝フリ〟をした。

「母親がなぁ、アレじゃ大変だわなぁ、
あんな特殊な治療薬はウチの親会社でないと、なぁ、アレやわなぁ、
来期の契約のコトもあるんでなぁ、・・まぁ、ホーンズの第二打席あたりでアレしろやぁ、」

監督が交代してからクロカワが監督室に呼ばれたのはこれで3回目だった。

「今回もまた八百長しろとおっしゃっているのですか?」

「そんなことはワシは言うとらん、ただ、アレしろぉ言うとるだけやなぁ、」

すっかりヤニ臭くなってしまった監督室の壁には
コンドウの永久欠番35のユニフォームが、ただ申し訳なさそうに吊されていた。


つづく。


京都のイラストレーター・米光マサヒコの一期一絵。




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