答えは…

ない!
正しくは、自分の中にしかない

ちょっと前のblogで、私、breakthroughか⁉️と書きました

そして、いつも読まない感じの本を読み漁り、情報の洪水に溺れかけるという日々を過ごしておりましたのよ
答えを探してね、自分がなんで「ダメ」と思うかとか笑

少しずつダメな私が苦手や気にかけていたものがなくなり歩きはじめて暫くするとまた大っきな扉が現れる

毎回、毎回、どんだけ根深いんじんゃと思う訳です
今回は、もう無理だ、不幸だ!不幸だ!と騒ぐ元気もなく、またかっ…と意気消沈していた
もう、同じことの繰り返しでやってるこっちも疲れちゃってた


私を不幸にするものを全部他者や環境のせいにする程何も知らないわけじゃないし、逆に全てを受け入れるだけの器もない

でも、そう 考えているのは、自分
だけど、ダメだと徳をしてる自分もいる
ダメだと自分を責められて実は、楽チンなの
だって、幸せじゃなくていいんだもん笑

でもね、私が探してた答えのように生きるには
比較をやめて、幸せだと気づき
自分を生きるしか方法はない
比較は、対象物があり、優劣がつく
くどいけど優劣をつけているのも自分


亡くなった登山家の人も言ってた
自分の山を登ろうと

比較は、幸せを生まない
登山家の人を無謀だ、普通と違う…などなど亡くなっても尚、検証風の批判が続く
私には、何が正解かなんてわからないけれど、
きっと登りたかったんだと思う
それで、いいんじゃないかな

自分という存在は、他者が居て成り立つのだけれど、それと比較違う

私は、他者と世間と比較をすることに慣れすぎていた
それは、本当につまらない
そしてその感覚に慣れ親しんでしまったら、不平不満しか目につかなくなる


かけがえの誰かと同じように、私も世界でたったひとりの大事な存在

大事にしよう
そして好きな、心地よいと思うものと暮らしていこう
心地よい生きてく上でめちゃくちゃ大事

この期間に読み漁った本は、以下
どれも素晴らしい
ピーンときたものがあったら、読んでみて

◯革命のファンファーレ  
◯10年後の仕事図鑑
◯自分のことだけ考えろ
◯なぜジョブズは黒いタートルネックしか着なかったのか?
◯悪魔とおしゃべり
◯100パーセント幸せな1パーセントの人々
◯いまここ
◯唯識論
◯Lily
◯上條さんちのこどもごはん



私は、誰かを幸せにしたり、癒したりは出来ないけれど→昔、人を幸せにできるなんて考えがおこがましいと言われたことがあって、口にするのが怖くなったことがあったけど、今も昔も思っているのは、
誰かの幸せを願ったり、祈ったりすることはできる

ガラスダマや私の料理やお菓子がその一端になればこんな幸せはない


もっとくどくどいろんな事書いてみたんだけど、人身事故で電車が止まって夜道を風に吹かれながら歩いていたら、いろんな事がどーでもよくなった
ま、じゃーぶんくどいけど笑


辛ければ立ち止まり、歩けるようになったら、歩き出せばいいんだ

それでいいんだよ、誰も