PTAと人権侵害 ―その背景にあるもの― | まるおの雑記帳  - 加藤薫(日本語・日本文化論)のブログ -
2015-03-23 21:40:41

PTAと人権侵害 ―その背景にあるもの―

テーマ:PTA問題の実際的解決をめざして
2014年度 文化学園大学現代文化学部学内研究発表会(2015.3.5)において、

「PTAと人権侵害 ― 日本における人権教育のあり方をめぐって ―」

と題して発表を行いました。


当日配布したハンドアウトを後掲しますが、要旨をまとめると以下のようになります。

(要旨)
多くのPTAにおいて人権侵害が行われている。一方で、多くのPTA、そしてPTAと深く関わる学校においては、人権教育が盛んに行われている。
この矛盾はどう考えればいいのか?

その一つの回答として、「人権教育」のプログラムにおける“偏り(かたより)”を指摘したい。

“偏り”の一つは、人権教育において「具体的な人権課題」とされるものの内容に見て取れる。
そこで守られるべき「人権」とされるのは、集団から排除されない権利、集団内において差別されない権利(言わば“受動的・消極的人権”)であり、「自己決定権」のような“能動的・積極的人権”にはまったく言及されていない。

偏りとして指摘できることのもう一つは、人権教育研究指定校における「研究テーマ」に見て取れる強い「集団志向」である。「研究テーマ」として取り上げられるのは、「共生」や「助け合い」の大切さを教えようとするものが圧倒的に多い。「主体性」や「独自性」の大切さは決して前面に出ることはないのである。

人権教育を盛んに行うPTA・学校において自己決定権(わけても「結社に属さない自由」)が侵害されてきた背景の一つには、上記のような人権理解の偏りがあるのではないだろうか。

なお、日本の人権教育に認められる“偏り”は、河合隼雄や木村敏がつとに日本文化の特質として指摘した「母性原理」の問題や「(主体性に対する)間柄の優位」との連関が認められ、根の深い問題であることが理解される。
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以下が、発表会当日に配布したハンドアウトです(ブログ掲載にあたり、字句の修正をいくつか行いました)。
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PTAと人権侵害
― 日本における人権教育のあり方をめぐって ―

1.日本のPTA(学校)に認められる人権侵害
・私の身の回りで起こったこと

・二人の医師の証言
九州の精神科医(希みが丘クリニック院長)によるブログでの証言
<PTA・地域活動に悩む母親達>(2011.7.18)
(…)PTA、子供会、地域役員、消防団等の活動に負担感を感じ、それが大きなストレスとなっている方が実は相当多いことは驚くばかりです。
役員決め前より相当不安が高まります、女性に関しては少なからず当院受診の理由としてこうした活動に関するものです。母親としては自分の子供が学校に行っている以上、良い母親を演じなければならず、不満があっても文句も言えない弱い立場にあります。
http://blog.goo.ne.jp/sumirex1/e/e9e95bd97998f6e7c72508323538e95e

大阪の精神科医(Dr_kirenger)のツイート(2015.1.18)
「来年PTAの役員に当たりそうなんです」「うーん、病状的にはやめておいたほうがいいと思いますよ。避けたほうが良い旨の診断書作りましょうか」「でも…」「どうしました?」「役員選出の時にそれを皆の前で読み上げないといけないんです」「 」
みたいなことには割とよく遭遇する。
https://twitter.com/Dr_kirenger

・多くのPTAがやってしまっていること
① 任意加入の団体であることを知らせないで、子どもの入学と同時に会員にしてしまう。⇒実態として、保護者にはPTAに入らないという選択肢は与えられてこなかった。
② その上、負担の重い役職をくじやポイント制等の強制的な手段によりやらせる。

・PTAをめぐる人権侵害に、学校は無関係とは言えない。
校長が顧問に、教頭が書記に、主幹教諭がPTA担当教諭にというように、学校はPTAと深く関わっているが、それ以上の「関与」も認められる(以下のa,b,c)。

a.保護者・子どもの個人情報のPTAへの提供(会員の確保)
b.給食費や教材費等の本来の「学校納入金」と抱き合わせにしてPTA会費を徴収(資金の確保)
c.校内にPTA室を設置(活動場所の確保)


2.人権教育・人権啓発に重要な役割を担っている学校・PTA
・人権教育研究指定校事業(1997~)
※2010年までの「指定校数」を見ると、多い年で134校、少ない年で94校。なお、指定期間は、原則として2年(梅田(2010))。
・PTAによる人権関係の講習会の開催
※PTAは成人への人権教育・人権啓発を行う団体として、政府・自治体から期待され、長年、講習会の開催等によって人権啓発・人権教育を担ってきた。
(「PTA 人権」でネット検索を行うと、「PTA 人権に関連する検索キーワード」として、「PTA 人権侵害」と「PTA 人権教育」の二つのキーワードが出てくる!)


3.日本の人権教育・人権啓発の特性とPTAによる人権侵害との関係
3-1.人権啓発・人権教育における「具体的な人権課題」
法務省・文科省・地方自治体の人権セクション等が用意する資料(下記参照)において、解決されるべき「具体的な人権課題」とされているものは、その大部分が、次に見るような人々への差別や偏見。
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女性/子ども/高齢者/障害者/同和問題/アイヌの人々/外国人/HIV感染者・ハンセン病患者等/刑を終え出所した人/その他(性的志向(異性愛・同性愛・両性愛)を理由とする偏見・差別
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・「人権教育・啓発に関する基本計画」(平成14年3月閣議決定)
・「人権教育・啓発白書」(法務省・文部科学省)
・文科省『人権教育の指導方法等の在り方について [ 第三次とりまとめ ] 』中の「実践篇 個別的な人権課題に対する取組」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/024/report/08041404/013/001.pdf
・法務省人権啓発活動のページの中の「主な人権課題」
http://www.moj.go.jp/JINKEN/index_keihatsu.html

3-2.「具体的な人権課題」に認められる反差別・弱者保護への大きな偏り
「具体的な人権課題」において守られるべき「人権」とされているのは、集団から排除されない権利、集団内において差別されない権利、同等に扱われる権利(言わば“受動的・消極的人権”)。かつての同和教育を継承・発展させたものという、日本における人権教育の出自を考慮に入れたとしても、「自己決定権」のような“能動的・積極的人権”にはまったく言及されていないことが注目される。

3-3.人権教育研究指定校における「研究テーマ」から見て取れる「集団志向」
指定校の具体的な研究テーマを調べると、次のような、従来「仲間づくりの課題」として追及されてきた「子ども相互の人間関係にかかわる認識や行動の育成をテーマ」にしたものが、「圧倒的に多い」とされている(梅田(2010))。
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(指定校の研究テーマの例)
「自分を大切にし、仲間を大切にする子どもでいっぱいの学校」、「互いに認め合い、支え合って生き生きと活動する心豊かな子どもの育成」、「あたたかい人間関係を大切にし、共生の心を持つ生徒の育成」、「認め合う心をもち、共に生きる態度をはぐくむ教育活動」、「よりよい生き方をめざし、学び合い、認め合い、助け合う子どもの育成」
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3-4.日本における人権教育・人権啓発の偏り
・「仲間」には加わらない権利(自らの判断に従い独自に行動する権利)と「仲間」として扱われる権利(差別されない権利)
・「主体性」「独自性」の価値と「関係性」「共生性」の価値
…人権の観点においては、前者も後者もともに大切なことであるのに、人権教育・人権啓発では後者に大きく偏っている(3-2,3-3参照)

3のまとめ
PTAにおける人権侵害の中核にあるものは、自己決定権(わけても「結社に属さない自由」)への侵害と言える(注)。人権教育・人権啓発のセンターとも言うべき学校・PTAにおいて、自己決定権への侵害が行われてきたことの背景のひとつとして、3-1から3-4において見てきた、日本における人権教育・人権啓発の偏りがあるのではないだろうか。


4.(補説)日本における人権教育・人権啓発のあり方と日本文化の特質との関係
3で整理した日本の人権教育、人権啓発に認められる「偏り」は、河合隼雄や木村敏がつとに日本文化の特質として指摘した、「母性原理」の問題や、「(主体性に対する)間柄の優位」との連関が認められ、表層的・偶発的な問題ではなく、根の深い問題であることが理解される。

(参照)
河合隼雄の指摘する、日本社会に認められる「母性原理」の問題
「母性」は子どもの個性や能力と関係なく全ての子どもを可愛がろうとするが、自分のもとを離れようとする者には容赦がない(要約)。(『母性社会日本の病理』p.8~10)

木村敏の指摘する「(主体性に対する)間柄の優位」の問題
 このような一人称および二人称代名詞の用法には、きわめて日本的な自己および相手のとらえ方が反映している。それを一言で言うならば、個別的な自我および他我、あるいは私と汝に対する両者の間柄の優位といってよい。自己と相手、私と汝がまず確固たる主体として存立していて、その後に両者の間に「人間関係」や「出会い」や「交通」が開かれるのではない。人と人の間、自と他の間ということがまずあって、具体的には自己と相手との間で話題となる事柄がまず最初にあって、自己および相手の人格性は、ことさらに表面に出ないか、かりに出たとしても、つねにこの間から、この事柄自体から析出してきたものとして、したがってつねに相手との間柄を映したものとして、規定されてくる。(『人と人との間』p.144)


(注)憲法学者の木村草太氏(首都大学東京准教授)は、PTAの強制加入は「結社しない自由」を侵し、違憲であるとの見解を表明している(朝日新聞2013年4月23日)。


<文献>
生田周二(2007『人権と教育―人権教育の国際的動向と日本的性格―』部落問題研究所
梅田修(2010)「人権教育研究指定校における人権教育. ──2007-2008年の場合──」『滋賀大学生涯学習教育研究センター年報 2010』
加藤薫(2012)「日本型PTAに認められる問題点 ―ないがしろにされる『主体性』―」『世間の学』VOL.2,日本世間学会
加藤薫(2014,a)「世間論と日本語 ―世間論に符合する日本語の文法的特徴―」『世間の学』VOL.3
加藤薫(2014,b)<訴えられたPTA(熊本PTA裁判に寄せて)>「ブログ 小平の風」
http://bwukokusai.exblog.jp/20022478/
河合隼雄(1976)『母性社会日本の病理』中央公論社
木村敏(1972)『精神病理学的日本論 人と人との間』弘文堂

加藤の個人ブログ「まるおの雑記帳」
http://ameblo.jp/maruo-jp/
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なお、日本における「人権」(“能動的・積極的人権”)軽視の姿勢と日本語の文法的な特徴との関連性については、上記、加藤薫(2014,a)の4章、5章で触れています。


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