ラジオ出演で語ったこと(打ち合わせ篇) | まるおの雑記帳  - 加藤薫(日本語・日本文化論)のブログ -
2014-03-22 17:39:25

ラジオ出演で語ったこと(打ち合わせ篇)

テーマ:PTA問題の実際的解決をめざして
「本名正憲のおはようラジオ」のディレクターの方から事前に「主な質問内容」が送られてきて、本番前日に電話で打ち合わせをしました。
その打ち合わせの時に話したことをまとめておきたいと思います。
(< >が質問内容。)


<昨今、PTA活動に負担を感じている保護者が増えているようだが、その背景は…>
急激な少子化(保護者数の減少)+女性の社会進出(専業主婦の減少)で、役員のなり手が「激減」しているのにPTAの仕事は減っていない。むしろ「学社融合」等のかけ声のもと増えている。負担を感じる保護者が増えているのも当然。


<特に役員選びとなると、抵抗を感じる保護者も多いが…>
役員選びこそPTA問題の核心。
手を挙げる保護者がいて仕事が決まるのではなく、あらかじめ仕事の内容が決まっていて、それが保護者に割り当てられる。
一般常識では、「私はちょっと」で断れると思うが、その常識が通用しない。立候補や話し合いで決まらないときは、決まるまで何時間も拘束されたり、くじやじゃんけんで決めることになる。「免除」されるのは、代わりの人を見つけた場合か、ガンのような誰が聞いてもそれは無理というケース。
個人の選択、個人の自由を認めないシステムになってしまっている。この役職強要のシステムが、母親たちを追い詰め、PTA嫌いを生んでいる。


<一部にはPTA不要論も出ているが…>
PTAというのは「社会教育関係団体」のひとつ。ボーイスカウトとか婦人会・老人会と同じ位置づけのもの。つまり、本来、入会してもいいし、しなくてもいいもの。
例えば、ボーイスカウトは社会性を身につけられたり、体を鍛えられたり、様々なメリット・意義があるが、参加を強制されたりはしない。

ところが、現状、ほとんどの学校のPTAが全員加入体制になっていて、役員をするかしないかの「選択の自由」も奪われている状態。こんなPTAは「不要」だと私も強く思う。いや、「不要」どころか「あってはいけない」。
いっぽう、PTA活動に意義を感じる人が自らの意思で参画する、本来のPTAなら「不要」とは言えない。(本来のPTAに近いのは、むしろ「おやじの会」と言うべきではないか。)


<うまくいっているPTAはあるのか?>
近年、「自由参加」という本来の姿を守ってやっていこうというPTAがまだほんのわずかだが、現われている。
そのひとつは、岡山市の西小学校のPTA。
他には、札幌市の札苗小学校のPTA。ここは会長さんがブログ等を活用し、積極的に情報発信もされている。
東京の大田区の嶺町小のPTAも新しい試みを始めている。もっとも、任意性の担保という面で問題を感じている。
(注)この点については次のエントリで取り上げたいと思います。


<今後のPTAはどうあるべきか?>
自由参加の団体という本来の姿に立ち返って、やりたい人、意義を感じる人、余裕がある人が参加する「サークル」にしていく必要がある。親の「つとめ」として強要するのは絶対やめるべき。

その一方で、クラス担任を中心として保護者が年度や学期の節目に集まって、子どもたちについて情報交換や意見交換をする「学級懇談会」は、PTAとは独立させて運営していくことが必要。
いじめも、学級崩壊も「クラス」で起こる。担任と保護者、保護者と保護者が連携・協力するための場としての「学級懇談会」の適切な運営は必須である。「学級懇談会」への参加は、保護者の義務であり権利と言ってもいい。
(ところが、最も重要な年度初めの「懇談会」への出席が役員決めがあるため低調になったり、PTAを辞めた人が「懇談会」に出席しづらくなるというケースがある。現状の「PTA」はむしろ保護者と学校との連携の障壁となっている面があるのだ。)

「PTA」は、全員参加を原則とする「学級懇談会」(学校主催)と、「おやじの会」のような、完全任意のサークル活動とに分離再編成されるべきだ。


関連拙ブログ記事:
「日経新聞夕刊PTA関連記事にコメントが紹介されました」
「「横暴すぎるPTA役員決め」『AERA』(2014.3.3増大号)」


※「本番篇」は、現在取り寄せ中の録音資料が届き次第、まとめたいと思っています。

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