石川鏡介の旅ブログ

古寺名刹、神社、城跡、名所旧跡。さまざまな旅の思い出を綴ります。


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 四国八十八ヶ所の第七十五番札所は善通寺(ぜんつうじ)です。正式には五岳山(ごがくざん)誕生院(たんじょういん)善通寺といい、紀伊の国高野山の金剛峯寺(こんごうぶじ)・京都の東寺(とうじ)とならんで「弘法大師三大霊跡」といわれています。宗派はもちろん真言宗善通寺派で、総本山。本尊は薬師如来で、開基は弘法大師(大師以前にすでに寺があったという説もある)、所在地は香川県善通寺市善通寺市三の三の一です。

 最寄駅はJR四国の土讃線の善通寺駅。駅の名前になっていることといい、自治体の名前に使われていることといい、いかに大きな寺であり(総本山なので当然ですが)町にとって大きな存在であるか、が分かります。第六十九番札所の観音寺の紹介のところでも触れましたが、全国の自治体の中で「○○寺市」とお寺の名がつくのは滅多にない事で、町にとってなくてはならない存在だということを如実に示しているといえます。

 山号の「五岳山」とは、我拝師山・香色山・筆の山・中山・火上山の「五岳」のことで、「誕生院」というのは弘法大師空海生誕の地とされているからです。そして「善通」とは弘法大師の父君の名前(諱とも法名ともいう)からとったといわれています。

 弘法大師は讃岐の多度郡屏風ヶ浦の豪族・佐伯氏の息子として生まれました。四国霊場のガイドブックはもちろん、数ある仏教辞典その他おおくの書物に書かれているので学会の定説なのです。そして平安の昔から此処が大師の生誕の場所だと言われてきたからこそ「霊跡」として重んぜられてきたのです。

 ただし異説があって、宮崎忍勝・原田是宏著『四国八十八所遍路 愛媛・香川編』(朱鷺書房)という本に、江戸時代の文化八年(西暦一八一一年)に番外霊場の屏風浦海岸寺(四国別格二十霊場第十八番)が「大師ご誕生の地はこちらです」と訴え、論争・訴訟があった、ということが書かれています。その時は善通寺が父君の本居であるゆえに大師降誕のちであり海岸寺は母君の別荘であった故に産屋のあった所だ、ということで決着したとのこと。

 弘法大師空海の若き日の著作である『三教指帰(さんごうしいき)』には、著者空海の学問の略歴と仏教との出会いが書かれ、そのすぐ後に四国で修行したことが書かれています。さらに、大師が自分自身をモデルに描いたとされる登場人物「仮名乞児(かめいこつじ)」に「玉藻(たまも)帰る(よる)所の島、豫樟(よしょう)日を蔽す(かくす)の浦に住し……云々」(角川文庫ビギナーズ日本の思想『空海「三教指帰」』参照)と言わせていますから、弘法大師のふるさとは善通寺と考えるのが当然でしょう。

 浄土宗の法然上人の生誕地は誕生寺となり、日蓮宗の日蓮聖人の故郷の安房小湊には誕生寺があります(日蓮聖人の生誕地そのものは大地震のため水没している)ように、偉大な宗祖の生誕地は弟子・そのまた弟子・さらにそのまた弟子によって尊ばれ、その尊ぶ気持ちが後世に受け継がれていくものなのです。真言宗の場合もまたしかりで、昔から多くの人々が善通寺は弘法大師の生誕地として大切にしてきました。弘法大師の生誕地として伝わる場所は善通寺と海岸寺の他はありません。

 というわけで、弘法大師のゆかりの地を巡る遍路にとっては、善通寺はただ単に七十五番目のお寺というのではなく、大師生誕の地として非常に尊ばれる「霊場」なのです。

 境内はたいへん広く、「東院」と「西院」に大きく分けられます。「東院」には五重塔や金堂があり、奈良・平安時代ごろの古寺名刹の雰囲気を強く漂わせています。「西院」は佐伯氏の邸宅跡とされており、御影堂(大師堂)が中心です。

(2013年11月 8日の「石川鏡介のブログ」の記事を再編集)

 


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