四国霊場第七十三番札所・出釈迦寺(しゅっしゃかじ)《過去のブログ記事より》 | 石川鏡介の旅ブログ

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 四国八十八ヶ所の第七十三番札所は出釈迦寺(しゅっしゃかじ)です。正式には我拝師山(がはいしざん)求聞持院(ぐもんじいん)出釈迦寺といい、宗派は真言宗御室派で、本尊は釈迦如来、開基は弘法大師、所在地は香川県善通寺市吉原町一〇九一番地です。

 第七十二番札所の曼荼羅寺の南、約五百メートルほどの場所にあります。南には我拝師山という標高四八一メートルの山があり、曼荼羅寺はいわば我拝師山の北の登り口にあり、出釈迦寺はその山道を少しばかり登ったところにあるのです。周囲は畑ばかりで、お寺の駐車場に近づくごとに道が狭くなります。

 伝説によると、真魚(まお)と呼ばれた幼き日の弘法大師は、仏道を求める心が強く、ある日(七歳の頃という)倭斬濃山(わしのやま)に登り、仏門に入って多くの人々を救いたい、と祈ったという。そしてその願いの実現の為に釈迦如来の出現を強く祈った。そればかりか、願いが叶うなら釈迦如来を現れよ、現れなくばこの身を捨てて供養せん、といって山の頂上から谷底へ飛び降りた。彼の願ったことに応じたのか、釈迦如来と天女が現れ、彼を抱き留め、救った。感激した真魚少年は釈迦如来の像を刻んだ。

 このことによって建てられたのが出釈迦寺で、倭斬濃山は「我拝師山」と名を改められ、山の上には「奥ノ院」が建てられた。奥ノ院には釈迦如来と不動明王と弘法大師がまつられ、「捨身ヶ嶽禅定」と呼ばれた。

(2013年11月 4日の「石川鏡介のブログ」より転載)

 


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