石川鏡介の旅ブログ

古寺名刹、神社、城跡、名所旧跡。さまざまな旅の思い出を綴ります。


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 四国八十八か所の第十三番札所は大日寺といいます。四番札所と同じ名前ですが、この十三番札所は本尊が大日如来ではなく十一面観世音菩薩です。

 宗派は、四番札所が東寺真言宗だったのに対して、十三番札所は真言宗大覚寺派なのです。

 開基は弘法大師。正式には大栗山花蔵院大日寺といい、所在地は徳島県徳島市一宮町西町二六三番地です。

 十二番札所の焼山寺から東へ、車道を歩いた場合三十キロはある距離の長さ。ここも十一番札所・十二番札所間と同様、歩いたら一日がかりです。

 ただ、十一番から十二番までと違うのは、十二番の焼山寺が山の上にあるだけに、十二番から十三番までの道は下り坂が多く、焼山寺のある山の麓を流れる鮎喰川という川の流れに沿って行くのです。

 谷川の流れを観ながら進むことが多いので、よい景色を堪能出来たり、上り坂が少ないために、「遍路ころがし」に比べたらずっと楽な道のりです。

 むかし、弘法大師がこの地で護摩修法されていると、現在お寺の建っている地に大日如来が示現し、「この地に一宇を建立すべし」と告げた。それで大師は大日如来の尊像を刻み、大日如来を本尊とする大日寺を建てた。

 のちに、大日寺は兵火で焼失するが再建され、すぐ近くに阿波一宮が建てられた時に一宮神社の別当寺として神社を管理した。その一宮の本地仏は行基菩薩作の十一面観世音菩薩だった。

 明治になり、神仏分離令で一宮の十一面観世音菩薩像は「神社に仏像を置くな」とされて大日寺に移されてしまった。そこで、神社にあった像の方が十三番札所の本尊となり、大日如来は脇仏となる、という奇妙なことがおこった。

 「大日寺」といいながら大日如来が本尊ではない、というのはこのためです。

 さて、私が一九九九年の八月にこの寺を訪れた時、昼前に十二番札所について、その時に同行していた年配の遍路の方が十三番札所近くの旅館に私ともう一人の分を含めた三名で予約を入れたので、夕方ごろ十三番札所に着くように、というプランになり、十二番札所と十三番札所の中間くらいの地点までタクシーで移動し、そこから歩いたのでした。

 それでもけっこう長い道のりで、途中でなぜか道に迷ったりしたため時間がかかり、十三番札所の大日寺に着いたのは、やはりというべきか、夕方の四時半ごろでした。持っていた歩数計は二九〇九九という数字を表示していました。

 十三番札所大日寺に着くころは西日が強く、西日を背中や後頭部にまともに受けて、暑さと疲労の為に一キロや二キロの距離がずいぶん長く感じたものでした。

 去年(二〇一一年)の冬に訪れた時は、焼山寺参拝の後、焼山寺の麓の「鍋岩」という地の宿に泊まり、朝はその宿のご夫婦の好意により、クルマで十三番まで送っていただいたのでした。

 この時は一宮神社にも行きました。

(2012年6月13日の「石川鏡介のブログ」の記事を再編集)

 

  

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