石川鏡介の旅ブログ

古寺名刹、神社、城跡、名所旧跡。さまざまな旅の思い出を綴ります。


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 四国八十八か所の第十二番札所は焼山寺(しょうさんじ)といいます。

 正式には摩盧山(まろざん)正寿院(しょうじゅいん)焼山寺といい、宗派は高野山真言宗、本尊は虚空蔵菩薩です。開基は修験道の祖・役行者小角とされています。所在地は徳島県名西郡神山町下分字地中三一八番地。十一番札所の藤井寺から南へ、えんえんと続く山道を行きます。藤井寺からの距離は約三十キロとされていますが、どういう道をとるかによって違い、クルマが通れる道を行くと遠回りになるので四十キロ以上です。

 藤井寺・焼山寺間の遍路道は登山道で「遍路ころがし」ともいわれ、四国八十八か所のうちでも屈指の難所です。大人でも徒歩六時間から八時間はかかる山道で、藤井寺の境内の片隅にその山道の入り口があります。

 山道を登って行くと、藤井寺の奥ノ院に着きます。さらに進んで坂道を登ると、やがて、吉野川流域を見下ろせる高台に出ます。そこからの吉野川方面の眺めは素晴らしいもので、登った者にしか分からないでしょう。

 ただ、この藤井寺・焼山寺間で問題になるのは、遍路が泊まる宿泊場所なのです。山道つづきで、当然、鉄道も通っていなければバス(路線バス)も通らない、不便な場所。徒歩では六時間から八時間はかかる道のり。八時間かかるとみた場合、朝八時ごろに藤井寺を出たら夕方四時に焼山寺に着きます。焼山寺には宿坊があるのですが、泊まれなかったらどうするのか。

 焼山寺のある山のふもとには何件か民宿があるのですが、焼山寺参拝後にその民宿へ行くのも相当に距離があり、一苦労です。山道で何かアクシデントがあったら、どうなってしまうのか。そういうリスクもあると覚悟しながら歩かねばなりません。

 私が初めて焼山寺を訪れた時は一九九九年の八月で、十番札所の切幡寺の近くの民宿に泊まって、その翌朝に藤井寺へ行った後でした。藤井寺に着いたのが午前九時二十分ごろでした。朝、民宿を出るとき、民宿のオバチャンが「この時間にここ(切幡寺ちかく)を出たら十一番と十二番の間の柳水庵(番外霊場)で日が暮れてしまうよ。柳水庵では三人か四人しか宿泊できないから、厳しいんじゃないか」と言いました。それで、私や、私と同行することになった人は考えてしまったのです。今夜の宿をどうしようか、と。

 藤井寺参拝の最中にも、「遍路ころがし」の道へ向かって、何人もの歩き遍路が進んで行きました。どこにも宿の予約をしていなかったので、柳水庵という番外霊場にも焼山寺の宿坊にも泊まれないだろう、という考えが頭をかすめました。

 そしてなんといっても猛暑がひどかった。猛暑の中の山登りは体力の消耗が激しいだろうな、と考え、八時間の道が九時間十時間にも思えました。そうなると九時半出発として六時半か七時半に焼山寺到着になるのだろうか。目指すはお寺以外に何もない深山の奥。そのように考えると、ここは、あえて「遍路ころがし」の道を行かずに楽をしてもいいのでは、と考え、タクシーを呼んで、結局、私とあと二人で、タクシーで焼山寺へ向かい、十一時四十分ごろに焼山寺に着いたのでした。

 それはそれでよかったのですが、「遍路ころがし」とは実際どのような道なのか、体験していませんから、心残りで、いつか「遍路ころがし」を歩いてみたい、と思いました。そこで、去年(二〇一一年)、真冬に焼山寺への山道を歩いてみたのです。

 前日に雪が降って、細い山道に雪が積もり、周囲の樹木にも枝葉に雪がつき、風が吹く度に雪が舞い、ちょっとした吹雪のようになることもありました。急な坂道は足元に気をつけなくてはなりません。たいへんな道のりでした。

 とはいえ、蜂・虻・蚊やマムシなどがいるかもしれない夏場よりは良かったかも知れません。

 途中、長戸庵、柳水庵、一本杉庵などの番外霊場があり、それらで休憩し、疲れをとりました。番外霊場などが無く三十キロや四十キロをひたすら歩く場合に比べたら、途中に何か所も霊場があるのは、気持ちの面でも違います。

 急な山道を登り、尾根道のような道をずっと進み、急な下り坂を降り、くだったかと思ったらまた急な坂道を登り、また尾根道のような道を進み、また急な下りを降り、さらに降りて谷に出て、そこから一気に最後の山を登り詰め、という、アップダウンの激しい道でした。

 この、真冬の焼山寺行きでは、焼山寺に着いたのが午後三時十分ごろでした。

 真夏でも焼山寺の境内はひんやりと空気が冷たく、暑さを忘れてしまうほどでした。真冬ですと、寒さが一段と厳しく、風も吹きつけ、耳や手に行き先が千切れるかというくらいの寒気でした。

 まさに難所中の難所。

 むかし、この山を弘法大師が訪れた時、山には炎を吐く怪しい大蛇がいたという。大蛇は炎によって山を焼き、周辺の人々を困らせた。そこで弘法大師は大蛇を封じ込めようと仏を念じ、ついに虚空蔵菩薩を感得して虚空蔵菩薩の力によって大蛇を岩窟に封じ込めた。そのような伝説があるのです。

 山号の摩盧とは梵語で「水輪」を意味し、火伏の意味が込められているのです。そして焼山寺の名は、大蛇を封じ込めた大師の伝説によるものです。

 あまりにも奥深い山の中にあるので、四国を旅した遍路にとっては忘れられない霊場となります。 

(2012年6月12日の「石川鏡介のブログ」の記事を再編集)

 

  

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