事件は前触れもなく。

明るい日差しに初夏を感じる5月の午後。
乗りなれた緑の単線は観光客でそこその混みかただ。
ラッキーにもシートに座れた。その時、急に足先にムズムズと違和感が。

「蟻でも入った?」

そっとパンプスから素足を引き抜くと、赤い足大量にもった百足が八の字にのたくっていました。

『…!!!!』

声もなく、ただパンプスを持ち上げて、

「どうしたらいいでしょう?」

聞かれた隣の男性も困ったにちがいない。

「どうしたらいいでしょうね」

オウム返しだ。
まさか、車両内に百足を放つ訳にもいかず、かといって片足裸足ではどうにもならず…。

すると、ヒーローは現れた。

靴から百足を叩き落とし、トレッキングシューズの底で、必殺の一撃!

「あ、ありがとうございます!」

語尾にハートマークを付けてお礼を申し上げました。
ヒーローは若者でも、イケメンでも、独身でもなかったのでロマンスには発展しようもありませんでしたが。
残念ながら。

ヒーローの正体はハイキング仕様の初老のご夫婦で、奥様も、旦那様がとても頼もしく見えたのは間違いありませんね。

しかし、百足にさされなかったのは奇跡としか、言いようがありません!
駅まで5分は靴を履いて歩いていたのですから。