普段、「水」にどのような価値を感じているだろうか
 
価値といっても具体的には表現できないので、

金銭的価値に置き換えてみよう。

 

例えば、
ペットボトル入りのミネラルウォーター

500mlで、108円程度

 

水道水だと

ざっくりと1立米100円ぐらいなので

1/2000ぐらいの価格となる。

 

 

このように日本で生活している時には豊富な水で、価格的にもそれほど価値あるようには感じられないかもしれないが、

例えば、砂漠でさまよっている時に

コップ一杯の水に、あなたはどのような価値を見出すだろうか

その時の水は、あなたの命をつなぐものであり、値段をつけられないほどの価値を感じられるあろう。

 

 

このように、全てのものには、かりそめに金銭的価値をつけられて、それがその価値のように感じられているかもしれないけれども、実際には、その価値は、求める人の状態によって変わってくる。

 

 

全てのものの価値は、自分自身がつけていて、しかも、その時々の状況で変わっていくものなのです。

 

 

資本主義社会では、金銭的価値が、「価値」のように感じられるようになっています。

全ての指標を、経済的な価値に置き換えて評価しようしています。 

 

人でさえも、どれだけ稼げるか、という単一的な価値観で見ていることに気づくでしょう。

 

 

才能、努力…その他様々なことも、経済的に役にたつかどうかでしか見られないようになっているのかもしれません。

 

 

 

人はそれぞれオリジナルの本質であり、その人そのものであること自体が「価値」なのです。

 

比べようもない、オリジナル。

 

 

社会の金銭的価値観・経済的価値観に惑わされることなく、その人そのものを見つめられればいいですね。

 

稲田 宏(まるた博士)

 

優しさは、経済的には測れません

愛も金銭には置き換えられないでしょう

 

大切だと誰もがしっているもの…それは計り得ないものなのです。
(CMでいうとプライスレス(笑))

 

 

実際、物の共通指標として、「金銭的価値」は有用です。
ただ、それが全てではないということ、それに振り回されることがなければいいな、と思います。