2019年 夏の七島藺の刈取り(大分県国東市編) | 一服 / 宮城県大河原町・齋藤畳店三代目の記録

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一級畳製作技能士/二級表装技能士
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 今年で9年目となる畳表の原料となる原草の刈取りのお手伝いと研修の為、3日間単身九州へ行ってまいりました。

 

 

 今年は8年通ってきたイ草の産地・熊本県八代市ではなく、琉球畳の原料である七島藺(シチトウイ)の産地である大分県国東市へ行ってまいりました。

 

 

 

 ↑まずこれが熊本県が主産地であり、通常の畳に使われる普通のイ草。きめ細やかです。

 

 

 

 

 ↑で、これが琉球畳に使われる大分県国東市と杵築市が主産地である、七島藺です。草の太さ、風合いがまるで違います。

 

 

 

 

 ↑七島藺は断面が三角形なのが特徴です。現地の方は七島藺(シチトウイ)を「しっと」と通称で呼んでおりました。

 

 今回行こうとしたきっかけは、私が毎年産地に通う取り組みを知っている友人宅に琉球畳を納めた際、色々と御質問いただき、自分の中でも未知だった琉球畳についての原材料について謎を解くためと、日々愛用している七島藺草履の原料がどのように育ち、イ草とどのように違うのかを目の当たりにする為でした。

 

 

 

 

  ↑今回実習でお世話になった若手生産者の淵野聡氏(写真左)。

 

  他は、七島藺生産者のレジェンド・松原さんの奥様(中央)とお手伝いの奥様方。

 

  皆様暖かくも厳しくご指導いただきました。

 

 

  現在イ草の生産者農家は熊本県で300件台、大分県の七島藺生産者はなんと7件程まで減ってしまったとか…。

 

 

  独特な風合いや質感を持つ七島藺は、琉球畳としてはもちろん小物や工芸品としても人気を誇っておりますが、その反面生産者が無くなりそうな程激減している状況を目の当たりにしました。

 

 

 

 

 

 

↑七島藺は三角形が特徴ですが、根本は丸い不思議な形状でした。

 

 

 これを特殊な機械で二つに割いて滑らかにしてから畳に織り上げます。この作業も通常のイ草にはない作業です。昔はピアノ線を張り、手作業で裂いていたそうです。

 

 

 

  ↑こちらが畳表に織り上げる織機。イ草と違い、全自動ではなく半自動のため、畳表に仕上がるのも一日2枚ほどだそう。

 

 

 

  

 

 ↑まず七島藺の収穫作業は田んぼに出向き、鎌で手刈りです。

 

 イ草はハーベスタという刈り取り機で作業し、収穫時期も梅雨の内から梅雨明け位までの濃縮された2~3週間。

 

 七島藺は鎌で手刈りということもあり、7月~9月の2か月間…。

 

 肉体的にも楽ではない為か、比較的涼しい朝早くと夕方から収穫作業を行いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ↑山間の田んぼの為か、途中にわか雨も何度かありました。二日目より岩手県のミソノ畳店・小野寺君も合流しての作業。

 

 

 生産者の淵野君は2か月ほど続くこの収穫作業を、長距離走だと言っておりました。

 

 

 

 ↑収穫後は作業場にて草の色や枯れを手選別し、三角形の七島藺を二つに割く作業。

 

 みなさん一本一本を無駄にせず作業されておりました。

 

 

 

 ↑七島藺もイ草と同じく窯に入れて乾燥します。イ草はその前に「泥染め」という工程が入りますが、七島藺はそのまま乾燥させます。イ草のように立てて窯に入れるのではなく寝かせて乾燥させます。

 

 

 

  ↑8時間ほどかけて乾燥後の翌朝の七島藺。

 

 

  七島藺は寝かせて乾燥故、上端下端ムラなく乾燥させるため、淵野君は夕方窯入れしてから夜の0時までに1時間おきに3回くらい、窯の様子を見に行きホグス作業を繰り返してました。

 

 

 

 

 ↑翌朝は乾燥した七島藺の根っこについている「ハカマ」を取る作業を教えていただきました。

 

 

 乾燥の良しあしは、このハカマがフワッと取れるか否かで分かるそうです。

 

 

 これがうまくできる為に色々と試行錯誤を繰り返したそうです。

 

 

 

 

 

 

  ↑ハカマを取り軽く選別した後は、独特の縛り方で束ねてから袋に入れて収納。

 

  収納した七島藺は収穫作業の終わる10月頃から畳表に織り上げる作業を行うそうです。

 

  現在産地でも7件ほどしか生産者農家が居ない上、収穫作業が始まる夏前から秋口まで畳表の製織作業がストップするため、材料が希少なものとなっております。

 

 

 

  ↑写真左が畳表に製織された七島藺、右が通常のイ草です。

 

 

  ↑七島藺は非均一な色合いが味わい深くナチュラルな風合いです。

 

 

 

  七島藺のルーツは昔、薩摩藩のトカラ列島が発祥の地とされ、当時住民が住んでいた島が七つあった事から名づけられた模様です。

 

  詳細は→https://gi-act.maff.go.jp/register/entry/22.html

 

 

  日本では七島藺が江戸時代以前に琉球や薩摩藩で栽培から加工まで行われていたと考えられ、琉球地方で良く使われていた畳の材料故に「琉球畳」と呼ばれたようです。

 

 

 琉球、薩摩藩から豊後の国・大分には1660年以降伝来されたとされ、現在は大分県にて栽培されているようです。

 

 

 七島藺は草質が強いため比較的へりなし畳に加工しやすい特徴があります。

 

 

 現在ではきっと、見間違えた誰かによりw、へりなし畳が総称して「琉球畳」と言われてしまっているようですが、本来の琉球畳とはこの七島藺を材料とした畳であったといわれております。

 

 昔は柔道場の柔道畳としても使われ、嘉納冶五郎氏によって1964東京オリンピックの日本武道館の柔道畳にも用いられたとか・・・。

 

 

 今回、大分県国東市へ産地実習に行き、同じ畳の原料であるイ草と七島藺の違いを素材の元から目の当たりにし、より深みを増す経験ができました。

 

 

 繁忙期にかかわらずお世話になった淵野君御夫妻、松原さん御夫妻と手伝いの奥様方、長距離走のわずかな区間併走させていただきまして、大変ありがとうございました!