こんにちは、マルガリタ・パウラです。
今日は私のクリスチャン・ネームである「コルトナの聖マルガリタ」という聖女について紹介したいと思います。



パウラは使徒パウロからなので、クリスチャンの方なら誰でも知っていると思います。
知らない方に軽く説明するならば・・・イエスの死後、キリスト教を迫害していたけれど「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と復活したイエス様に声をかけられて回心し、名前を「パウロ」に改めキリスト教徒になった方です。新約聖書の書簡の大部分はこの使徒パウロの書簡です。



さて、コルトナの聖マルガリタに関してお話します。



1247年、イタリアのトスカーナの農夫の家に生まれました。
7歳の時に母を亡くし、継母に疎まれた聖女マルガリタは若い貴族と共に家出し、その後9年間その男の情婦として過ごしました。
男の子を出産しましたが、1274年に貴族の男が山賊に殺害され、その死体を見て天主からのしるしと考えました。



聖女マルガリタは実家に帰ろうとしますが、受け入れられず、聖女マルガリタと子息はコルトナのフランシスコ会に保護されました。
若く魅力的な聖女はたびたび誘惑に抵抗することに苦しみ、自己の魅力を失わせるため、一度は自らの身体の一部を切断しようとして修道士に止められたことも・・・。



その後は注意深い生活を送り、病者や貧者に対して見返りも求めずに働き、たびたび助言や助けを求められました。
そしてフランシスコ会第三会員になり、深い祈りの生活を送り、主イエスからの天啓を受けるようになりました。



1286年に働く以前のように働く許可を受け、コルトナで病院を設立しました。
ご聖体とご受難への偉大な信心を発展させ、自らの死の日付も預言していました。

貧者や病者のために働く聖女マルガリタの初期の生活の中では中傷が続き、その後も常に噂の標的になっていました。



1297年2月22日昇天しましたが、そのご遺体は今でも良い香りを放っていると言われています。
1728年ベネディクト13世によって列聖されました。




「誘惑から、精神的な病、家の無き者、性的な誘惑から、偽証された者の保護者」


$マルガリタの日記




マルガリタというのはラテン語で「真珠」を意味するそうです。
これは後から知ったことですが、娘の名前が漢字で「真珠」と書きます。
読み方は違いますけどね。
なのでわたしとしては「これがお導きだ!!」と思いました。



たとえ息子に「丸刈り」と言われようとも、アンティオキアの聖マルガリタのほうが有名でも、私はコルトナの聖マルガリタが良かったんです。
彼女のように誘惑に負けずに、中傷に負けずに、主を信じて生活していきたいと思います。



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