映画「友だちのうちはどこ?」を観て | マルフジノート

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SALVE!(ようおこし、あわおこし!)

 「走れメロス」のメロスのように責任感のある主人公のアハマッド少年

彼を通して子供に対して一方通行な大人の理不尽(これをパワハラというのか?)を描いた物語であると思う。

 

「友達のうちはどこ?」(イラン/1987/アッバス・キアロスタミ監督)

 

 畑仕事の手伝いで宿題が出来ようのない生徒に「子供は勉強が仕事」と宿題が出来ない背景もわからずに正論を述べる教師、いかなる理由があれど「宿題しろ」と言い張るのに宿題中にあれこれ用事を指示する母親、「子供は小遣い貰っても忘れるがゲンコツで殴ると忘れない」と躾と称し孫に忠誠心を要求をする爺さん、自分は少年に紙が欲しいとゴリ押しするのに、その少年の話を全く聞こうとしないドア屋の親父

 

 観ていてこちらが歯痒くなる大人の行為!

 

  この物語は主人公の少年が学校で隣に座る同級生のノートを間違えて持って帰るところからはじまる。間違えた隣町の同級生にノートを届けようとするアハマッド少年、しかし彼の尽力叶わずノートは隣に座る同級生には届けられなかった。そこでアハマッド少年がとった行動は・・・ 

ネタバレするのでここまでとする。

 

 

 

 その中で優しいおじさんもいた、このおじさんと少年の優しさがラストシーンに現れてホッとした。

 

 話しは建築に脱線する。

このアハマッド少年の家は完全なコートハウスである。

 

 

コートハウス形式とは塀や建物で囲まれた内部に中庭を持つ住居である。

 

 

出典:(西沢文隆小論集1 コート・ハウス論-その親密なる空間 相模書房より)

 

 

 因みに島国日本ではこの形式が少ない、何故なら歴史的に元寇のような外敵が陸から来ないから必要が無かった。その開け広げの日本の建築に対して大陸(中国〜中東〜スペインまで)では外敵から守るために家を囲う。囲うとが来ないので自ずとコート(中庭)が出来る。

このコートハウス形式を日本で目につけたのが西沢文隆(坂倉建築研究所)である。

 この映画観て彼の「コート・ハウス論」を読んでみたいと思った。

 

 閑話休題(映画の話に戻る)、この作品は検閲のあるイランで「子供の言葉はOK!」というルールの中、造られた物語でアッバス・キアロスタミ監督制限がある中でも表現は出来るという気骨を感じる作品であり、この作品を世に出したイランも素晴らしい。

 

 そこにはイデオロギーや理念は違えど、どこの世界だって大人の理不尽を律したいと言う気持ちは変わらないと感じた。なんとなくフェリーニ「道」ジェルソミーナとこの少年がオーバーラップして見えた。

 

 

 因みにアッバス・キアロスタミ監督は小津安二郎監督をリスペクトしていたらしい。

日本人の私でさえ「東京物語」しか観ていないのにどこが良いのか教えて欲しかった。

 

 

 子供に対して理不尽になっていないか私も気をつけようと思った。

そうじゃないと「東京物語」の結末のようになるかも?

それはそれで(原節子だから?)受け入れるけど(笑)