玉と湯の神が共に鎮まる玉作湯神社~初夏出雲行(27) | 日々のさまよい

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石造りの立派な一の鳥居。
写真では小さくて読めませんが、左の案内板には「玉作りと温泉の神を祭る」とあります。

千代の湯での朝風呂と朝食を済ませ、予定の09:00より少し早く出発することができました。
温泉街の中心を真っ直ぐに、南から北へと宍道湖に向け流れる玉湯川に沿って、お宿から徒歩10分とかからない距離にある玉作湯神社です。


玉作湯(たまつくりゆ)神社。

主祭神:櫛明玉神(くしあかるたまのかみ)
・・・・大名持神(おおなもちのかみ)
・・・・少毘古那神(すくなびこなのかみ)
相殿神:五十猛神(いそたけるのかみ)韓國伊太弖社

Wikipedia/玉作湯神社
玄松子の記憶/玉作湯神社
出雲お社倶楽部/玉作湯神社




二の鳥居。
こちらも立派な石造りです。

杜の上に、眩しい朝陽が顔を出しました。

左に「神陵之杜」とある石碑は、この石段途中の左手に出雲玉作跡出土品収蔵庫があり、その背後が「玉作湯神社境内古墳」であることによるそうです。
にっぽんのじんじゃ/玉作湯(たまつくりゆ)神社


主祭神のクシアカルタマとは、八坂瓊勾玉(やさかにのまがたま)など宝玉製作の祖神ということで、このような神さまです。

太玉命の率いる五神(天日鷲命:阿波忌部の祖、手置帆負命:讃岐忌部の祖、彦狭知命:紀伊忌部の祖、櫛明玉命:出雲玉作の祖、天目一箇:筑紫・伊勢忌部の祖)の一柱
伊耶那岐神の子。高魂命の孫とも伝へられ、玉作連、玉祖連の遠祖と仰がれる神
天照大御神が天岩戸に隠れた時、八坂瓊之五百箇御統曲玉をつくり大神を慰めた
天孫降臨に際し瓊々杵尊に従った五伴緒神(五部神:天児屋根命、太玉命、天鈿女命、石凝姥命、玉屋命)の一柱
玄松子の記憶/祭神記/櫛明玉神

Wikipedia/五十猛神


と、ここまで調べ直して、あれ?と思いました。

気付けばここには、スクナビコナがおられるじゃないですか。
それも、オオクニヌシと並んで。

なぜ出雲大社は少彦名を祀らないのか?~初夏出雲行(21)で掲載した島根県神社庁のデータに基づく「出雲国内でスクナビコナを祀る神社一覧」に、玉作湯神社は入っていません。

変だな~と思って島根県神社庁/県内神社のご案内を見直してみると、県内神社一覧/松江市で、玉作湯神社の主祭神が空欄になってました~(泣)

それで、この空欄って、単なるミスなんでしょうか?
それとも、もしかしたら神社庁と玉作湯神社との間で、何か主祭神について見解の相違があるのかも知れません…




この石段を昇ると、拝殿の正面へと至ります。




拝殿、正面から向かって左側。
年季の入った白木の造りです。

それで、この側面にも注連縄がありますが、その意味が分かりませんでした。
お賽銭箱はありませんでしたから、ここから何かを拝するということでもなさそうでしたけれど。

少し調べてみたら、左右で同様に注連縄があるようで、手水舎も表裏の両側に注連縄があるそうです。
全く気付いてませんでしたから、ちょっと反省しました(苦笑)
ザ★歩く車マン/玉作湯神社




本殿。
強い陽射しが降り注いでいます。




本殿と拝殿。

出雲の神社、その社殿の色のイメージは、全般的にもっと黒っぽかったと思うのですけれど、ここは、陽射しのせいか、なんだか白っぽい印象です。

もしかしたら使っている木材、あるいは表面加工の方法が、他と違うのかも知れません。




本殿の真後ろ。
屋根の反りも優美ですし、木組みが精巧で綺麗です。

ここ玉作湯神社では、社殿をはじめ境内にどことなく女性的な優しい印象を感じるのは、クシアカルタマを古から遠祖と仰いできた玉作部の美意識、というものが反映しているのかと思えます。


ちなみに、玉作湯の意味は何なんでしょうか?

ひとつは、玄松子の記憶/玉作湯神社で、
諸書に見える当社の社号は、湯船・湯谷・湯・湯姫と様々だが一貫して湯の神となっており、「湯神」信仰が主であったが、もともとは「玉作神」「湯神」の二本立てであったらしい
とのことですから、[玉作+湯]ということかと思います。

けれども、出雲国風土記に記載された意宇郡の神社67社の中で、玉作湯社は筆頭の熊野大社から数えて8番目ですから、往事から既に格式の高い神社として定着していたようなので、[玉作+湯]とされたのだとしたら、それはさらにもっともっと古い時代のことかと思われます。

そこで、玉作湯の意味でもうひとつ考えられると思われたのが、この2つです。
[玉を作る湯]
[玉が作る湯]

湯が玉を作るのか、玉が湯を作るのか、どちらかチョット分かりませんけれど、こうなれば玉と湯が有機的な創造の関係を持ちますから、それはそれで面白いかなぁと思います。

それと、あとひとつ思いついたのが、
[玉作の湯]
つまり、玉作部の湯、ということです。


…実のところ、どうなんでしょうか?(笑)




本殿の裏手奥。
「玉作湯神社御本殿旧亀張移築保存 御假殿建立之御座」とあります。

かつて本殿を修造する際、こちらに仮殿を建てて一時的に遷座した、ということのようです。
一度でも神が坐したら、そこは不可侵の聖域とする習わし、かと思われます。

ですから、上宮から大歳社を経て下宮へと巡る~初夏出雲行(19)で見た大歳社の旧社殿跡も、同様のことかと思いました。




本殿とカエデ。

青々としたカエデの葉が境内を鮮やかに彩ります。
紅葉の季節には、さぞや見事なことだろうと思われます。




これが「願い石」として有名な眞玉。

たまなび/玉造湯神社祈願 願い石・叶い石

玉造湯神社といえば、この「願い石・叶い石」がメインの情報となりますので、今回の出雲行で事前に調べている際、玉造湯神社は観光向けの神社、という先入観がどうしても出来あがってしまいました。orz
反省です。

眞玉の後ろにある石碑には「大己貴命 湯山主之神」。
向かって右にある大きな石碑には「御神水 真玉の泉」とあります。

その左にある木札には「御随神石(碧玉・青めのう)御守石(ミマモリイシ)」とあり、ひと抱えほどのデコボコと角張った碧玉が置かれていました。




眞玉、正面からアップ。
何だか少し、その岩の組み合わせた形が、コワイ感じもします。

眞玉には竹筒が挿されており、そこから御神水がちょろちょろと流れ出ています。

このお水、「願い石・叶い石」の祈願で使われるものですから、祈願しなかった自分たちは遠慮して頂かなかったのですけれど、ペットボトルにちょっとぐらいなら良かったかな~と、今ごろになって後悔しています(苦笑)




眞玉とカエデ。
厳めしい岩と爽やかな緑の対比、ですね。




拝殿の向かって右後ろと本殿。
やはり木組みが美しい。




燈籠に挟まれているのが、鳥居から上がってきた石段の最上部。
左が手水舎で、右が拝殿です。




右の朱い鳥居をくぐると、稲荷神社をはじめ摂末社が並んでいたように覚えていますが、何故かハッキリとは思い出せません。

ここで、いくつかの社殿それぞれの前で一揖しながら回ったように思うのですけれど、記憶が曖昧です(泣)




拝殿の前で、願い札にお願い事を書き込むご婦人たち。
やはり「願い石・叶い石」のご祈願は、女性たちに人気のようです。




湯姫大明神社。
向かって左の木には「玉作湯神社 御由緒 湯姫大明神 御神木 ゆひめ椿」とあります。

湯姫というのは、玉作湯神社の社号のひとつでもあったようですから、もしかしたら櫛明玉神と並ぶ元々の主祭神だったかも知れません。
それなら、よりハッキリと[玉作+湯]という状態になります。

もしそうならば、いつの頃かこの湯姫に替えて、オオクニヌシとスクナビコナを湯の神の主祭神として持って来た、ということもあり得ます。

「玉作湯神社御由緒」というのは、そういうことかも知れません…




拝殿の上、真っ青な空に、初夏の陽光が輝きます。




これにて玉作湯神社の参拝を終了しました。


次は、ここ出雲の玉造へ来たからには何としても、花仙山産出の青い瑪瑙(めのう)、出雲石を手に入れなくてはなりません。

そこで、いずもまがたまの里伝承館へと向かいます。



(つづく)→ 玉造の花仙山が産んだ出雲石に出会う~初夏出雲行(28)




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