上宮から大歳社を経て下宮へと巡る~初夏出雲行(19) | 日々のさまよい

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稲佐の浜を再訪し因佐神社から屏風岩へ~初夏出雲行(18)←(承前)



因佐神社から山手側の生活道を南へ歩いて行くと、T字路に突き当たります。
その西角に下宮(しものみや)がありますが、ともあれ先に上宮(かみのみや)へと進むため、祠の前で一揖し、道を東へと曲がりました。




案内板が2つ、立っています。orz

【お知らせ】         

現在、上宮本殿並び

に随神門はご修造中

の為、
御祭神 素戔鳴尊・

八百萬の神・門神は

上宮拝殿にお鎮まり

になっておられます。

     出雲大社

【お知らせ】
現在、因佐神社は
ご修造中の為、
御祭神 武御雷神は
上宮拝殿にお鎮ま
りになっておられ
ます。
    出雲大社

その案内板の後方、左が拝殿、右のシートに覆われたのが随神門となります。




上宮(かみのみや)。

祭神:素戔鳴尊(すさのおのみこと)
   八百萬神(やおよろづのかみ)

旧暦十月、全国各地の神々はこの地に集まられ、この社で神議りされると伝えられています

手前が拝殿、その向こうに工事用シートで覆われたのが本殿です。
GoogleMap/出雲大社(上宮)

案内板の由緒書きから。
一般に旧暦十月は神無月と云われていますが、これは全国の八百萬神々が大國主大神の許にお集まりになるからです。
その為、出雲ではこの月を「神在月」と申しています。この上宮に於いて生きとし生けるものの幸福と社会の繁栄の「縁」を結ばれる神議が行われます。
祭日 旧暦十月十一日~十七日





年季の入った拝殿の壁板。
これも本殿と随神門の修造が完了したら、次に新しくなるのかな?




感慨深げに、太陽を背にした本殿を見上げるサチエ。

八百萬の神々が集うのは年に1度だけですが、スサノオは年中ここで何を思ってお過ごしか、思いを馳せているのかも知れません。




Mさんは、何故か随神門をじっと見つめています。
工事用シートの向こうに、何か見えてるんでしょうか。




潮の入ったピッチャーを手に、揚々と引き返してくるMさん。

拝殿にかかった本殿の覆い屋の影から、太陽の高度は大体40度くらい、ここ出雲でこの日だと、おおよそ夕方4時ごろと分かります。




来た道をそのまま進み、次は大歳社(おおとしのやしろ)へと向かいます。

行きかかった住宅のお庭に、珍しくバナナの木が花を咲かせていました。
やはり、何となく南島の雰囲気が漂う杵築です。




大歳社(おおとしのやしろ)。
祭神:大歳神(おおとしのかみ)。

素戔鳴尊(すさのおのみこと)の御子神で、五穀を守護される神です

スサノオと神大市比売(かむおおいちひめ・大山津見神の娘)の間に生まれた大年神(おおとしのかみ)としている。両神の間の子にはほかに宇迦之御魂神がおり、これも穀物神である。また、大年神と香用比売(カヨヒメ)の間の子に御年神(みとしのかみ、おとしのかみ)、孫に若年神(わかとしのかみ)がおり、同様の神格の神とされる
Wikipedia/年神/大年神・御年神

境内は住宅地の真っただ中、道路に挟まれた三角地で周囲より小高い敷地が独得です。
まるで、区画整理により新しく造成された公園のようです。




太陽がきれいに出ています。




由緒書きに、
素戔鳴尊の御子神であり、田畑の守護神で穀物の豊穣をお護りになる功徳のある神さまです
とありますから、もしかしたらこの辺り一帯は、かつて一面の水田だったのかも知れません。

ところで、サチエは何を見ているんでしょう…




ここにはソテツが。
やはり、南島感を醸しています。

…今ある社殿の後ろに、旧社殿の跡?
それとも、ここへ遷宮するための御敷地でしょうか?

そこで以前の写真を探してみると、玄松子さんのページにありました。


現状をこの写真と見比べれば、これは間違いなく旧社殿の跡のようです。
どうして残してるんでしょう?




旧社殿の跡が、しっかり残されています。
けれど、その謎はいくら考えても解けませんから、諦めて来た道を戻り下宮を目指します。




下宮(しものみや)。
祭神:天照大御神(あまてらすおおみかみ)。

出雲大社のホームページには、↑これだけしか説明がありません(泣)
しかも、ここは末社で、名前も“下”宮です。

何だか出雲大社によるアマテラスへの扱いが、少しどうなのかと思いますけれど…

ともあれ、太陽の神さまを、太陽と共に撮らせて頂きました。
左の道の先には、もう海が見えています。




さらに近づいて、太陽と共に撮影。

やはり祠も、他の摂社と比べれば、かなり小さなものとなっています。
その大きさは先ほどの末社、大歳社と同じくらいですが、境内の広さは大歳社の方が圧倒的に広いような。

けれどもしかしたら、後ろの茂みは杜で、この下宮の境内なのかも知れません。
それなら広さは、大歳社と五分五分くらいでしょうか。

由緒書き。
天照大御神は皇室の御祖先神です。優れた御霊徳で、その御神徳は広大無辺とされます

これもこれだけですから、日本の最高神としては、かなり素っ気ないような(苦笑)




稲佐の浜へと抜ける、下宮に向かって左側の道から。
何としても、太陽は画面に入れて撮っておきます。

下宮の社殿後ろは、大きな岩のようでした。
先の屏風岩と同じ沿岸ですから、同様の岩であると思われます。

せめてこの緑の一帯が、境内地であることを願いながら…




振り返って、岩に茂った杜を見ます。
後でGoogleMapの衛星写真を確認すると、おそらくこの茂み全体が境内のようでした。

下宮には参道がありませんので、どうにも分かりにくいことでした。


これにて、ようやく杵築の巡礼も終わり、次の伊那西波岐神社(いなせはぎのかみのやしろ)へと向かいます。
出雲大社の摂末社巡りは、どうにかそれにて完了します。

ただ残念ながら、杵築における民間風習としての「潮汲み」では、他に越峠(こえど)荒神社、連歌庵、社家屋敷、都稲荷社などを巡るようですが、今回は割愛させて頂きます。

次の機会のお楽しみとさせて頂きました。



(つづく)→ 北前船で栄えた鷺浦の伊那西波岐神社~初夏出雲行(20)




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