- 少年は残酷な弓を射る [DVD]/ティルダ・スウィントン,エズラ・ミラー,ジョン・C・ライリー
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先日、TUTAYAさんからDVDを借りて、
『少年は残酷な弓を射る』を観ました。
すでに多くの方がこの映画の感想・考察を述べていますが、
とてもいい映画なので、私自身の頭の整理のために、感想を書き綴ろうと思います。
(簡単なあらすじ)
キャリアウーマンだったエヴァは、思い掛けない妊娠により、今までのキャリアを捨て、息子・ケヴィンを産み育てます。しかし、生まれた時から何故か自分にはなつかないケヴィン。それどころか、異常なまでの憎悪を向けてくる彼は、しかし美しく優秀に成長していく。
そしてある日、彼は大事件を起こし、エヴァの全てを奪ってしまう。
※以下、ネタバレ注意
この映画で、究極の母親への愛情の裏返しと、究極の母性愛をみたように思いました。
では、順を追って感想を。
ほとんど予備知識0だったため、あのチラシの美青年はいつ出るのかな~と内心わくわくしていたのも束の間、なんだかただならぬ雰囲気にちょっと面食らいながらも、その映像の美しさに引き込まれていきました。
冒頭、青白く仄かな光の中で揺れるカーテンと、赤くてどろどろした人間とトマトの波の生々しさの、コントラストの強い映像。ケヴィンの残酷な冷たさ、そしてそんな冷たさとは裏腹なケヴィンのどろどろとした感情に呑まれていくエヴァの運命を暗示しているようです。
ケヴィンの隠された二面性も?
育児し始めの頃の彼女。
赤ん坊ケヴィンをあやす時の、引きつった懸命な笑顔。それでも漏れてしまう疲れた素顔。
赤ん坊の泣き声を掻き消す、工事現場の騒音に包まれた時の、放心した表情。
育児で憔悴した彼女のやりきれなさが、止まない泣き声によって増幅されます。
物語を通してエヴァの表情が印象的。評判通り、エヴァ役ティルダ・スウィントンの演技が素晴らしいです。
ケヴィンが大きくなっても、二人の関係は平行線。むしろケヴィンが賢くなるにつれ、より関係は複雑に…。
エヴァはエヴァで、そんな息子にどう接していいか分からないまま、それでも「よい母親」としてふるまおうと努めます。
そんなある日、
日々続く彼の嫌がらせに耐えていたエヴァでしたが、とうとう我慢の緒が切れ、彼を投げ飛ばし、左腕を骨折させてしまいます。
取り返しのつかないことをしてしまったと、後悔と恐怖に襲われるエヴァ。
そんな彼女に病院の看護婦が掛けた言葉は意外なものだった。
ケヴィンは誰にも、この怪我がエヴァのせいだとは言わなかったのです。
ここがまた、ケヴィンの愛憎入り混じった複雑な母親への気持ちをよく表していると思います。これ以上やると「本当に」嫌われてしまうかもという危険を感じて、母親を庇ったのかもしれません。
エヴァも、息子の意外な行動の真意が読みとれず、混乱し立ち尽くしているようでした。
(結構シリアスな場面なのですが、その後すぐさま一人でトイレに行くようになったケヴィンに、狡賢くて憎たらしいながらも子どもらしさを感じちゃって、ちょっと可笑しかったです笑)
二人の歯車はうまく噛み合わないまま、ギシギシと回り続けます。
しかしそんな二人にも、母子らしい温かなエピソードが。
それはケヴィンが嘔吐してしまうほど体調を崩した時のこと。
ケヴィンはおとなしくなり、エヴァの看病にも素直になるのです。
エヴァも、今までの探り探りな態度は消え、なんとケヴィンを膝に乗せ絵本の読み聞かせができるほどに!
その時のエヴァのとびっきりの笑顔が忘れられません…本当に嬉しかったんだろうなぁ。後にも先にも、これが唯一の心からの笑顔ではないでしょうか。
(現在のエヴァにも笑うシーンはありますが、ビンタされたり、息子の事件の被害者(彼は良い青年なのですが)と出会う場面だったり、職場で親切にしてくれた男性にも結局ひどい暴言を吐かれてしまったり…書いてて辛い…)
しかしその後、体調が回復し一人で服を着替えるケヴィン。
エヴァが手伝おうとすると、ひとりでできる、と拒否します。
エヴァは、そう…と表情を曇らせながら部屋を出て行ってしまいます。エヴァは再び息子のことが分からなくなってしまったのです。
ここ、二人の関係が今までと変わらぬものに戻っていく淡々とした場面のようですが、二人の関係が良くなっていく可能性があった重要な場面でもあると思います。
恐らく嫌がらせのためにわざとおむつが取れなかったあのケヴィンが、エヴァの手助けを断って一人で着替えていたのは、嫌がらせではなく、単に一人でできるから大丈夫だよ、と言いたかっただけなのではないでしょうか。
あそこは、ケヴィンは素直に行動を認めてもらいたかっただけだったのではと思います。
エヴァが閉めた扉をしばらく見つめ、黙ってズボンのボタンを付けるケヴィンは、とても孤独でさみしそうに見えました。
ここの場面、私はすごくもどかしくて切なかったです。あんな短い会話で、また元の二人に戻ってしまうなんて…他にもこう思った人いないでしょうか?
青年ケヴィン役のエズラ・ミラーの鋭い眼差しは、まさに弓を射るが如くでした。
オ○ニー中の彼にエヴァが遭遇する場面。激しい手の動きを止めるどころか、そのままエヴァを激しく睨みつけてくる彼には溢れる色気を感じました…凄く鬼気迫ってきます。
青年期ケヴァンからは、今までの子供らしさが消え、野性・本能のようなものを強く感じました。それは上記のような性的表現に加え、弓矢も狩りのイメージが強いし、彼の貪り食うような食事シーンが効果的に使われているからかもしれません。
妹・セリアについての会話中にライチを剝いて食べる場面は、露骨過ぎて、脱帽してしまいました。しかしこの場面、観ている時は、ペットの件も含め、絶対にケヴィンの仕業だと思っていましたが、本当にそうかどうかは誰にも分からないんですよね。もしペットとセリアのことがただの事故だったとしても、自分を疑っているエヴァを不安がらせるためにわざとライチを食べることは十分に考えられます。
事の真意より、むしろ、エヴァがケヴィンを疑っていることの方が重要なのかもしれません。
そしてとうとう事件は起こってしまいます。
ここで恐ろしいのは、やはりケヴィンが弓矢を使っているところですよね。差別に殺人を犯したかっただけなら、ちゃんと計画立ててまで、弓矢なんて効率の悪いもの使うでしょうか?(自分で怖いこと言ってしまいました…)
そう、あの弓矢は、いつか母が読み聞かせてくれた絵本の、ロビン・フッドの弓矢。やはり、あの場面だけは二人の心は通い合っていたんだと思います。
しかしそれはたくさんのものを狩りとることになってしまいました。父の命、妹の命、多くの学生の命…そして、母親の、命以外の全て。
少年は残酷な弓を射りました。恐らく、自分の母親ただ一人に向けて。
ラスト、二人の面会シーン。
こうして二人が改まって机越しに向かい合う構図は、二人がゴルフへ行った後のディナーのシーンにも似ています。しかし、ディナーでの全てを見透かしたようなケヴィン・それに怯えるエヴァと、今回の二人は違う。
エヴァは、「なぜ?」と問いかけます。なぜ、あんなことをしたのか。
この質問は、事件のことだけではなく、今までのケヴァンの行動すべてに対してのものだったように感じられました。それは遅すぎる問いかけだったのかもしれません。しかし、エヴァが初めてケヴィンと向かい合った瞬間だったのではないでしょうか。息子としてでも子供としてでもなく、ケヴィンそのものを分かりたいという気持ちの表れだったのではないでしょうか。
そして、エヴァが正面から向き合った時、ケヴィンは、「分かっているつもりだった。けど今、分からなくなった。」と答えます。
ずっと欲しかった母エヴァのその態度を前にして、初めて自分のやったことが間違いだったと気付いたのかもしれません。
それまでは、エヴァが観たテレビと同じことを思っていたのかな。これも、ただのエヴァの妄想の可能性もあるのですが。
取り返しのつかないことをしてしまった今、やっと二人は向かい合うことができましたが、二人はこの先どうなっていくのでしょう。
現在のエヴァが住んでいる家には、ケヴィンの部屋が再現されていました。恐らく、今ではあの部屋が、エヴァの心の支えになっているのではないかと思います。あそこにいつか、ケヴィンは戻って来るのでしょうか。
でもあの町に戻るのは、相当な覚悟がないと難しそう…。
(ちなみにそのケヴィンの部屋が再現されているシーン、それまでにエヴァが自分の部屋の壁を地図で埋めたり、赤いペンキを消す日曜大工的なシーンがあったから、そんなに違和感なく受け入れられたのではないかと思います。冷静に考えたら、いない人の部屋を再現するなんて、やっぱり怖いような…。もう本当にケヴィンの望み通り、エヴァにはケヴィンしか残っていないのです。)
物語の終わり、エヴァが一人歩いて行くその先は、真っ白な光に包まれていました。それが唯一の救いかもしれません。
しかし観賞中は、二人の心が通った抱擁の場面にはただただ言葉にならない感動が押し寄せてくるばかりで、これはすさまじいハッピーエンドだ!!としか思っていませんでした。エンドロールの物悲しいメロディに違和感を感じたくらい…笑
私はどうも、とことん物語に入り込み過ぎてしまう性格のようです(><)
とりあえず、感想は以上です。
まだ見落としていたり、未解消な部分もあるので、そして何より良い映画なので、またいつか観ようと思っています。
(面会中、ケヴィンが口から爪?を出して並べていたシーンなど…エヴァがオムレツの中の卵の殻を出すシーンと似てましたが、これは未だ謎です…)
その時はまた、新しい発見など書こうと思います。