Trans Europ Express(TEE)を、当時のトーマス・クック鉄道時刻表の紙面から振り返る企画です。

 

2回目は、モリエール(Molière)号です。この列車はTEEパリ・ルール号の運転区間短縮がきっかけで誕生しました。列車にあるルール地方にまで到達しなくなったためです。

 

パリ・ルール号からバトンをうけたモリエール号ではありますが、この列車には利用率低迷の逸話が目立ちます(この列車だけの話ではありませんがw)。そのためドイツ国鉄は、モリエール号のドイツ部分を2等車連結とし、インターシティー網を活用したい思惑があり、ベルギー国鉄の後ろ盾を得て、1等車のみのTEEモリエール号廃止を要求していました。一方でフランス国鉄は、同時期にフランス・ドイツ間のTEE列車で運転されていたパルジファル号の乗車率を引き合いに運転継続を訴えたりと必死の抗戦。

 

 その結果1等車のみ連結のTEE列車としては1979年まで延命はできましたが、参考文献では言及されていないものの二国の犬猿の仲を象徴するエピソードが満載です。

 

列車名の由来は?

17世紀当時のフランスで活躍していた劇作家の名前から。


運行されていた国 フランス、ベルギー、西ドイツ

運転時期と区間

旧列車名「パリ・ルール」号から改名して継続運転

 

1973年6月3日〜1975年5月30日 パリ北駅 〜 デュッセルドルフ中央駅

1975年6月1日〜1979年5月25日 パリ北駅 〜 ケルン中央駅 平日のみ運転

 

※以降は2等車を併結するようになるためTEEからD-Zug(急行)に降格されて運転継続

 

 

使用された車両、編成

【フランス国鉄】 

ミストラル型69客車 

編成両数ですが、食堂車、バーを含む5〜6両編成。

(ケルン発着時代の編成例として、パリからA8tu+A8u+A3rtu+Vru+A8tu+A4Dtux)

A1AA1A, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons

 

牽引機

【フランス】

ベルギーの機関車がパリ北駅から担当していたので、フランス国鉄の機関車牽引はありませんでした。

 

【ベルギー】

15型、16型 3電圧方式交直流電気機関車

22型、23型、25型、26型直流電気機関車

→基本はパリ北駅〜アーヘン間で牽引担当。直流機関車はおそらくリエージュ〜アーヘン間での担当だと推察します。リエージュ・ギユマン駅は当時頭端型ホームだったので、必ず方向転換が発生したこととが機関車種類の多さになっていると推察します。

 

 

【西ドイツ】

184(旧E410)型4電圧方式交直流電気機関車

103型、110型交流電気機関車(アーヘン〜ドルトムントで牽引担当)

184形は「ヨーロッパ型機関車」という愛称があり、実はフランス方面への乗り入れも想定していたようですが、ベルギー国内で頻発した過電圧(3kV規格ながらなぜか4kVまで出ることがあった)による故障で、1971年9月にベルギー国内の運用がなくなっていますので、モリエール号ではドイツ国内専用の機関車だったと思います。

 


実際の時刻表紙面

1974〜5年冬ダイヤ

40列車 デュッセルドルフ発6:53→パリ北駅着12:08

41列車 パリ北駅発17:55→デュッセルドルフ着23:11

 下記は1975年5月号のクック時刻表TEE紙面。運転区間がケルン打ち切りになる直前のものです。前身のパリ・ルール号のダイヤを踏襲した運行となっています。

 また、ドイツ国内でのインターシティー網の整備も相まってドイツ国内の走行がほぼなくなってしまったため、利用率改善策はフランス国内に照準があたり、パリ発に限りサン・カンタンに停車するようになります。その後一定の結果が上がったのか、1978年5月には両方向でサン・カンタン駅に停車するようになり、結果、フランス国内区間利用客増加が、ドイツとの国際列車の存続に繋がったという奇妙な経緯がありました。

CooksContinental TImetable May 1975より

 

 

1977〜78年冬ダイヤ

下記は1978年1月号のクック時刻表TEE紙面です。

40列車 ケルン中央駅発7:16→パリ北駅着11:53

41列車 パリ北駅発17:53→ケルン中央駅着22:40

 1975年夏ダイヤより、ドイツ側発着駅が、デュッセルドルフからケルンに変更、実質運転距離は短縮、運転頻度も平日のみとなっています。これはドイツ国鉄が「モリエール号は採算が合わない」と主張するなか、運転継続を要望するフランス国鉄との折衷案の一つとして実施された減便でした。

 なお、下記紙面構成について、上下2欄になっていますが、下欄は夏時間期間中のダイヤだからです(UTC+2)。ちなみにこの当時はドイツはUTC+1、フランスとベネルクス三国はUTC+2と同じ西ヨーロッパでも時差がありました(現在はいづれの国もUTC+2に統一)。

Cooks International TImetable January 1978 より

 

 

追加の備忘録

すごーく些末なながら、記録として残しておきたいのが、トーマスクック時刻表の中での地名表記方法の変化。

モリエール号の前進はパリ・ルール号だったことは前述の通りですが、その列車の経由地ケルン(Köln)は、1969年当時の時刻表ではコロン(Cologne、英語表記)という表記から、のちにドイツ語表記に変わっているというものです。ちなみにオーデコロンとは、ケルンの水って意味なの、ご存知でしたか?

CooksContinental TImetable August 1969 より

 

本日は以上です。

 

すでに取り上げたTEE列車の一覧ページです。こちらもご参考ください!

 

 

 

参考資料:CooksContinental TImetable August 1969、May 1975、CooksInternational TImetable January 1978

・Das Grosse TEE-Buch 40 Jahre Trans-Europ-Express /Jörg Hajt/HEEL 1997年

TEE, la légende des Trans-Europ-Express : entre luxe et grande vitesse/Maurice Mertens、 Jean-Pierre Malaspina/LR PRESSE 2007

TEE Zuge in Deutschland/Peter Goette/EK-VERLAG 2008

・Die Geschhichte Des Trans Europe Express /Maurice Mertens、Jean-Pierre Malaspina 2009

参考サイト:TEE、モリエール(列車名)、Voiture TEE PBA(ともにWikipedia)

ページ内写真:A1AA1A, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons

カバー画像:Deutsche Bahn AG, converted by  , Public domain, via Wikimedia Commons