他の住民の人達は避難所に移動しているので誰も居ません。
ちょうどその時、着替えを取りに来た隣の人が来て
隣人 「避難所に行かないの?」
私 「子供達(インコ達)が居るから、ここに残ります。」
隣人 「一人で大丈夫? また津波が来たらどうするの?」
私 「何かあったら車もあるからまた高台に逃げるから」
隣人 「気をつけて頑張ってね! 何かあったら避難所に私達居るから来るんだよ!」って言ってくれたのです。
とても嬉しかったです!
夕方になり暗くなり子供達も寝かせ、私も何もする事が無いので寝ました。
何回も余震があり、その度に特にメメがパニックに。
真っ暗な部屋の中でメメをなだめて籠に戻しての繰り返しでした。
9時近くに玄関の鍵が開く音が・・・ 旦那が帰って来ていろいろ話し
明日も早いので私は子供達の近くで寝て、旦那は疲れた身体を休めて欲しいから寝室で寝ました。
そんな生活を3日間過ごした日の夜に旦那から
旦那 「お前と子供達が居てくれるのはとても嬉しいけど、またいつ津波が来るか分からない。
もし来ても今は携帯も繋がらないから電話も掛けられない。 俺達は随時情報が入るからいいけど
心配しながら仕事もしていられないし、お前や子供達を失いたくないから
実家に帰って欲しい。」と言われたのです。
私の実家は仙台にありますが、高台にあり海沿いではなく、山沿いの方で車のテレビで見る限りでは
大丈夫だったので15日に子供達を乗せて戻ってきました。
帰ってみると、実家は何も被害が無くて大丈夫でした。
ちょうど昨日の夜から電気が点くようになったと。 でも水道、ガスはまだ・・・
家は都市ガスですが被害が大きかった仙台港の近くにガスの大元があり壊れているのですっかり治るまで
1,2ヶ月掛かりそうです。 久しぶりに実家へ帰り、夜になっても明るいのってとても嬉しかったです。
一人で居る時のご飯はカップラーメンで地震のショックからかあまり食欲が無かったので1食でした。
夜になると真っ暗で誰も居ないから聞こえてくるのは風の音と、余震で揺れるゴ~って音だけ。
だけど実家はテレビは見れる、携帯も繋がるので本当にホッと出来ました。
止まっていた水道もようやく昨日の夜から出る様になったので1週間ぶりの暖かいお風呂に入れました。
今まで当たり前の生活だったのがこの地震で改めて物の有難さを痛感しました。
昔、宮城県沖地震がありましたが、その時は埼玉県に居ましたので地震おの怖さを知りませんでした。
でも今回の地震は日本至上最大級です。 命が救われただけでも幸せと思わないといけません。
あまりテレビで東松島市の報道はあまりされませんが、自宅から車で5分もかからない所に大曲と言う
住所があります。 海に面しているところでそこは津波を直接受け壊滅状態になりました。
あと他にも海水浴場になっている野蒜などもです。
旦那のお母さんの実家が近くにあるのですが弟さんの奥さんが車で逃げている時にのみ込まれて亡くなりました。
水も出るようになったので、自宅に行き洗濯物やトイレに流す水、灯油も持って行きたいのですが
ガソリンが無く行く事が出来ません。 早くガソリンや灯油、食料が安定して欲しいです。
2回に分けて長々と書いてしまい申し訳ありませんでした。
心配してくれてメッセージをくれた方とても嬉しかったです。
返事できずにごめんなさい。
治ったかと思ったらまた風邪・・・
お蔭様でサッパリ、スッキリしました!














もモカ
もいっぱいカキカキ
』の繰り返しで長くカキカキ出来なかったので画像がありません









