数値データが語るマリモの危機的な現状 |   マリモ博士の研究日記

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      - Research Notes of Dr. MARIMO -
  釧路国際ウェットランドセンターを拠点に、特別天然記念物「阿寒湖のマリモ」と周辺湖沼の調査研究に取り組んでいます

昨年11月、本ブログで解説した「マリモにいま、何が起こっているのか」がきっかけとなって、地域住民を対象とした「マリモの生育状況に関する報告会」が1月10日に開催されました(主催は阿寒湖のマリモ保護会、阿寒観光協会まちづくり推進機構)。

 

チュウルイ湾のマリモの生育状況が悪化していることについては、2022年の「令和のマリモ危機」、2023年の「マリモ集団消失す」で報告いたしました。しかし、マリモの保護管理を預かる釧路市教育委員会からは、これまで生育状況に関する情報が公表されず、対策も講じられておりません。

 

このため、今回の報告会では、釧路市教委の調査データに基づいて、マリモが著しく減少し、生育状況も悪化している実態を示しました。

 

下の図は、群生地の中心を通るように設定されているL260と称される永久調査線のマリモ堆積厚と最大直径の変化です。

 

基線L260mにおける2002年のマリモの生育状況(調査は0~200mまで).

直径15cmを超える美しいマリモが3~4層に重なり合って集団を形成している.

 

マリモの状態がよかった2002年には、生育量の多いところで堆積厚は24~28cm、最大長径はおよそ25cmありました(球状マリモが層をなして群生する様子はこちら)。またこの時の調査では、30cmを超える巨大なマリモが周辺で多数確認されています。

 

ところが、2010年代に入って、マリモが割れたり、破損して生じた断片がボサボサ化(緩集合化)する現象が現れ始めました(一番下の写真版bとc)。この原因は、マリモ群生地の沖側で水草が増え、波動が弱まってマリモが回転できなくなったためと考えられました。20世紀後半、阿寒湖では富栄養化によって湖水が汚濁し、水草は浅瀬の一部にしか分布していませんでした。それが、湖水浄化対策が進んで透明度が上がったことで、深所にも生育できるようになったのです。

 

マリモは回転することで、満遍なく光を浴びて丸く大きく育ちます。また球状のマリモは3~4層に重なり合って集団を形成し、波動によってその上下を入れ替えます。層の下側には光がわずかしか届かないため、入れ替えが起こらなければ、容易に生育不良を起こして破損してしまいます。

 

層を形成する球状マリモ集団内部の光環境を示す模式図.

大きなマリモでは,自身が太陽光をさえぎるため,

下面の光強度は上面のおよそ10%まで低下する.

このため,3層目の下面には0.1%しか光が届かない.

 

 

2010年代を通じて、マリモは堆積厚と最大直径を増減させながら(写真版d)徐々に衰退し、2021年には球状マリモの堆積厚が7~14cmまで減少しました。分布範囲も狭まり、生育量は2002年の半分以下に減ったことが分かります。さらに、20cmを超える大きさのものは見られず、緩集合化したものが多くを占めるようになりました(写真版e)。

 

基線L260mにおける2002年のマリモの生育状況.

堆積厚、最大長径とも過去に例がないほど低下した.

 

そして、2021年12月の強風で、比重が軽くなった緩集合は流失し、小さなマリモが残るだけとなりました(写真版f)。

 

この水域では、20世紀半ばから様々な調査が行われてきたものの、今回のような事態は初めてです。マリモの堆積厚が減ると、湖底がむき出しになって、そこに水草が入り込みます。こうして植生の入れ替わりが進み、マリモの分布域は縮小へと向かいます。もちろん、大きくて美しい球状マリモの集団は失われたままとなるでしょう。早急な対策が必要です。

 

写真版.L260の水深1.8m付近におけるマリモの生育状況変化.