学校には勉強をしに行っている
 
勉強とは各教科を学習するためと生活や人とのお付き合いを学ぶ場でもあると思う
 
先生というまとめたり指示したり
指針を与えてくれたり
そういう助け舟を出してくれる人がいるところで
 
 
これからの人生のホンの1ページにも満たないかもしれないけれど本
大切な道標になるかもしれない
 
これからの人生の縮図みたいなもののプレ体験をしに行っていると思っている
 
先生との確執も然り
友達とも
 
一生ものの何かを見つけることが出来たらそんな幸運なことはない
 
にしても
思考にしても
 
いい出会い
とは自分にとって都合のいいものとは限らない
 
嫌なこと、思いがあって
 
自分を見つめ直す機会があるかもしれない
 
様々な子たちがいるクラスというくくりで自分の居場所を見つけること
 
我慢をすること
これ以上は頑張れないこと
 
逃げ道を見つけること
突破口を見つけること
 
自分で体験して
自分で経験すること
 
自信がつく経験
 
人に相談して
人に導いてもらうこと
 
人に頼る経験
 
 
社会に出る前になるべくたくさん経験していて欲しいと思うし
 
親から離れていろんな思いをして経験をして
考えてもやってみてもダメだったら
 
私達親の出番かなと思う
 
いつでも頼れるという安心の上で経験できる場所なのだと思う
 
私達が出来ることは
ダメなことはダメだとはっきり教えた上で何があってもあなた達の味方であるという安心という土台を整えることな気がする
 
 
私達親は何が出来るだろう
そう考えることは多いけど
 
完璧である必要はない
子供は不完全なものを限りなく身近で見て
助けることを学ぶだろうし
 
欠けているとこを見て
ガッカリするかもしれないし
しっかりするかもしれない
 
子どもたちは自分の人生をこれから歩いていくのだけれど私達だってまだ人生の途中
子育てだって私達の人生の一部でしかない
 
子どもたちの道標になることも
子どもたちが私達の道標でもある
 
子どもは1人の人間で
いつまでも守りたいそばにいたい
そういうのは思いだけで十分
 
1人の人間として
歩んでいくことを親は自己満足で送り出す
 
これで十分だ
 
 
寂しいんだけどね…
この思いも自分の人生で経験出来ることを幸せと思うべきかも
 
 
こんなステキなこと思えるなんてありがとう
 
 
自分の欲望を相手の成功のために我慢する
コレも自分が経験してきたことの一つなのかもしれない
 
 
 
どれだけ紙の上で勉強しても
実際経験した人の気持ちは
寄り添うことは出来るけど推し量ることしかできない
 
 
 
学校という場が時代とともに変わって行くのだろうけど
閉ざされた場所で起こっている事を監視することは必要だけど
学校という場が必要だとは思う
 
 
不登校を否定するわけではない
学校という場所に行った結果
行かないという判断をしたのは自分だし
 
親子で決めたこと
人より違う道を人より早く決めただけ
 
 
どんなことでも経験したことって無駄にはならないから
どんなに退屈だと思っても時間の無駄とは思わずに
自分のになるんじゃないかなぁ
 
 
退屈だっていう思いもまた、経験
 
 
 
 
 
 
ハートダイヤクラブスペード
 
 
 
 
学校行事の苦手な
オープンキャンパスが今年イチつまらなかったという息子
 
それもまた、経験ウシシ
 
 
つまらなそう、と共感するも
そんな事ないんじゃない、と違う視点を見出してあげるのも
どちらにしても意見は言ってあげたい
 
 
 
 
 
 
 
 
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