Marino Theater

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Marino Aramaki official blog



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わたしね、ずっとうまくならなきゃ。と思ってました。

うまくならなきゃ認められない。
うまくならなきゃ成功しない。
うまくならなきゃ稼げない。
うまくならなきゃ孤独になる。
うまくならなきゃ愛されない。

社会の役に立つ人間にならなきゃ、生きてる意味がない。

うまくないのに特別じゃないのにすごい人じゃないのに好きなことやってたら、地獄に落ちる!(笑えるけど大マジ!)


それは育った家庭環境(善悪や正誤がはっきりしていた)も一因だと思うんだけど、常にうまくない自分を責めてたし、常にうまくない他人も責めてた。
恥ずかしー。笑


作品つくってても「うまくないから」途中でやめたくなるし、オーディション行っても「うまくないから」下手に出たり、忖度した芝居(結果クソ)してた。

しかもその「うまい」の基準は全人類が満足しなきゃいけないというめちゃめちゃなハードル。爆笑

そりゃ無理だわ!つらいわ!!
ピカソでも全人類に好かれてないわ!!!🤣


なんかゴキゲンじゃないよねってことだけはぼんやり気づいてたけど、どうしたらいいかはわからなかったのよね。





さて。

もう先月のこと。
もえちゃんが前からFacebookでシェアしてて気になってたので、鳥本愛さんのお茶会に行ってきたのですが、

わかってしまいました。笑


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「可愛いから撮ってあげるー♡」って撮ってもらった



なんで認められたいの?
一流って何?
なんでうまくならなきゃだめだと思うの?
ってたくさん聞いてもらってわかったこと。




本当はただ、好きなものがつくりたい。

本当はただ、お芝居が好き。

本当はただ、みんなで楽しいことしたい。




それだけだったんです。





特別じゃなきゃ、すごくなきゃ、うまくなきゃダメ、ってルールでゲームしてたのはわたし。

特別じゃない、すごくない、うまくない、認められない、成功しない、愛されない、ってマイナスの方向に多くのエネルギーを向けてたのはわたし。

今思い返せば確かに、うまくないことを隠したり、できる風に装ったり、特別になるための肩書きを手に入れることにエネルギーを使ってばかりいた。。



それがわかった上で、
好きな絵が描けてニヤニヤしたり
みんなでワイワイ楽しいことしたり、
お芝居でもっと自由に交流するのが、好み。


だから稽古もするし制作もするし企画もする。

以上!!!!




もうね、それがわかった瞬間、そうそう!って芯のところで思ったし涙ブワーでたし、そのあとはひたすら楽しかった。笑


戯曲読む時には事実だけをピックアップするのに、自分の人生のことになると知らずに妄想いっぱいくっつけちゃうんだなぁ。


わたしが行った時の愛さんのブログ
アンケートの、ただ楽しくなっちゃってる方わたしですw




それからというもの、毎日めっちゃ楽しいです。


ちょっと緊張するお芝居のレッスンに通ってたんだけど、お芝居が好き!楽しみたーい!だけで行ったら結果めちゃ交流うまくいってたり。

勢いでアトリエに入ることにしちゃったけど、滞在時間こそ少ないものの気にかかってたものがどんどん作れてたり。



もちろんイライラしたりがっかりしたりもするけど、良くない感情として打ち消すんじゃなくてちゃんと感じたら次に進むのもよくわかった。
お芝居でつらいシーンやってても俳優の中にはプレジャーがあるみたいな…。



エネルギーを本当に向けたい方向に向けるだけで、こんなに爽快なのかーって驚いてます。




わたしみたいにポッと単発で行っても面白かったので、気になった方はよければ愛さんのブログチェックしてみてくださいね!

来週にもセミナー?やるみたい。




ちなみに…
ブログ読んでる時は『設定変更ふーんよくあるやつの一種ね』って思ってたので、実際に行くのをオススメするw
自分の設定、はじめは自分じゃ気づけないということに気づけます。笑
月火(と今朝)で仕事をやっつけて、今日はもえちゃんと源泉掛け流しの温泉に行ってきました♡♡♡

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つるつるになり、もはやすっぴんに近いわたしたち


もえちゃんは昔いた劇団の仲間で、プロデュースとか役者とかやってます。
こないだチラシをのせた『ヒミコ』も原案でした。

彼女を横で見ていなかったら、わたし『リリオム』の企画とかできてなかっただろうなぁー。
あの頃わたしスタッフ業務はデザイン関係しかやってなかったんだけど、公演を企画して打つ、ってことがどんなことなのか、全部彼女の動きで知ったんだと思う。






やーしかし
お湯に浸かったり岩盤浴したり、一日中身体を労ったのなんてほんっと久しぶりだったー



岩盤浴は休憩中にいろんなことしゃべり続けてて、気づいたら入ってる時間より休憩の時間のが長かったけどねw







自分軸、の話とかもしました。

以下、それに付随してのメモメモ。





知らず知らずのうちに人に選ばされているもの。

常識とか、親の思考とか、同情とか、他人を変えたいとか、面倒みてあげなきゃとか、よく見られたいとか、恐れとか、一般化とか、逃げとか、によって、無意識に選ばされているもの。

そしてそのことに対する無自覚。

そういうものって、自分で選んでないからのちのち歪みを伴うよねって話。




自分は自分のことしか責任持てないし、
逆にいえば自分のことは自分しか責任もってあげられない。


人のため、とか言って自分軸を手放すと、事実との間に齟齬が産まれたり、あざとさがバレて信用なくしたり、自分があっぷあっぷになったり、やる気出なくてテキトーになったりする。

もちろん、自分がやりたくてやる、結果人のためになることは別ね。
実はやりたくないのに、人のために無理矢理やることの話。

また、本当〜に自分のこと(自分のやりたいこと)だけに責任持つことができたら、それが人のためになるようにできてるような気がする……



逆に人にどうにかしてもらおーっていうのも他人軸だよねぇ。
イニシアチブが自分にない状態。




わたしの場合は子どもが生まれたことで、物理的にやむを得ずワガママになっているところがあるのだけれど、すごく、自分軸で行動する練習させてもらってるなーと思う。笑




眠いので唐突にここまで…
続く、気はしない…


ここ3日ほど、お正月疲れや体調の関係などなどで基本的に眠いのですが。


マックス眠かった一昨日、

あぁ人間って肉体を維持するために食べ物を食べてるんだな。

と、痛切に感じました。



というのも眠すぎて思考がぼやけている状態なのですが、そんな中でもやるべきことはあるわけで。機械的に体を動かしながら、

とりあえずカフェラテを飲まなければ。
甘いもの甘いもの。
カレーだカレーが食べたい。

と、まさに燃料のように食物を欲し、次々体内に詰め込んでいたのです。



つわりの時も、もう値段とかタイミングとか全く度外視で、
今これを食べなければならない。
という身体の声に支配されて食物を摂取していたのだけれど、ちょっとそれに近かった。


もう朝からすごい食べ物ばっかり買ってるけど、維持するために必要なんだからしょうがない!
これは必要経費だ!みたいな感じ。



わたしの場合、普段から食べ物が切れるとわかりやすくスイッチも切れるので、燃料感はいつもあるんだけれど、

それが本当は睡眠を必要としてるのに代替として起こったってのが面白かったー。

睡眠もちゃんと燃料なんですね。







胃腸炎後、食事が一人前で満足できる期間があって普通の女の子みたいで嬉しかったわたくしですが、この代替日を機にまたちょい大食いな女の子に戻りましたとさ。

ちゃんちゃん。